―翌日、夏梛ちゃんはお仕事で東京へ向かっちゃいました。
 これから彼女に会えない日々が続くと思うとさみしさで元気がなくなりそうになりますけれど…いけません。
 夏梛ちゃんに頑張るって約束をしましたし、気を取り直して…。
「…夏梛ちゃん、いってきます。夏梛ちゃんも、お仕事無理をしないでね?」
 お部屋に貼った彼女のポスターに声をかけて、部屋を後にしました。
 今日もよく晴れて日差しも強くって思わず日傘を差しますけれど、そんな中で向かったのは事務所です。
 私の担当マネージャは如月さんですけれど、あのかたは同時に夏梛ちゃんの担当でもあって、彼女についていっていますからここにはいません。
 私も夏梛ちゃんのマネージャになれば一緒にいられるのかな…って、そうじゃなくって。
「あれっ、麻美ちゃんだ。おはよ〜」
「あっ、えと、おはようございます、山城さん」
 如月さんの代わり…というわけでもありませんけれど、山城すみれさんが出迎えてくださいました。
「もう、麻美ちゃん? この前お願いしたこと、もう忘れちゃったの?」
 いきなり不満顔をされちゃいましたけれど、お願いって…あ。
「ご、ごめんなさい、その、山城…センパイ?」
「うん、よしっ。ちゃんと覚えててくれたんだ…あ、これ食べる?」
「え、えっと、ありがとうございます…」
 山城さ…いえ、山城センパイ、満足げにチョコバーを差し出してきましたので受け取らせてもらいましたけれど、遠慮するのもかえって失礼ですよね。
「麻美ちゃん、何だかかたいよ? 夏梛ちゃんとはあんなに仲良しなのに」
「えっ、あ、そ、そのっ…」
 はぅ、如月さんは私たちの関係を見透かしていらっしゃいましたけれど、事務所の他の皆さんはどうなのでしょう…恐くてこちらからたずねるなんてできませんけれども。
「それで、今日はどうしたの?」
「あっ、はい、その、何か私に受けられるオーディションはないかなって、探してみようかと思って…」
 今日の事務所へやってきた理由はこれ…マネージャさんがお仕事を持ってきてくださることもありますけれどそれを待っているばかりではいけませんし、ましては先方から指名されたりすることなんて夏梛ちゃんや山城センパイでしたらともかく私くらいの存在じゃあり得ないことですし、自分で探さなくてはいけません。
 この間は空いている時間なんてとってもたくさんあったのに、こんなこともできていなかったんですよね…夏梛ちゃんに怒られるのも当たり前ですし、反省です。
 ですので、今日は特にお仕事の予定はないのですけれど、そういうものが何かないか調べるために事務所にお邪魔したんです。
 今頃は夏梛ちゃんも遠い地で頑張っているかと思うと、のんびりなんてしていられなくってさっそく行動をはじめます…けれど。
「あ、あの、山城さ…セ、センパイは、お仕事のほうはいいんですか?」
 色々な資料や調べるためのパソコンがあったりするお部屋、そこの使用許可もいただいてやってきたのですけれど、なぜか彼女もついていらしたんです。
「うん、私もこれといって用事もないから」
「そ、そうなんですか…」
「それに、私も何か受けられるものはないかなって調べようと思って…麻美ちゃんのも一緒に調べてあげるね」
「あ、ありがとうございます」
「ううん、いいよ。今まで麻美ちゃんとしゃべることってあんまりなかった気がするし、いい機会だよね」
 そう言って微笑まれましたけれど、人見知りなうえすでにご活躍されている声優さんと接するなんて緊張する…なんていつまでも言っていられませんし、確かにいい機会なのかもしれません。
 ですので二人で調べることにしまして、山城センパイはパソコンのほうを使ってくださることになりました…私はパソコンなどの操作が苦手ですから、ちょっとたすかっちゃったかも。
「麻美ちゃんに似合いそうな役は、やっぱりおしとやかな女の子だよね。デビュー作だったあのゲームもはまり役だったって思うし、実際の麻美ちゃんもまさにそうだし…サクサクサク」
「え、えっと、そんなこと…あ、ありがとうございます」
 山城センパイがお菓子を食べつつパソコンを操作し、さらにそんなことまで言って…声優さんに役がよかった、と言ってもらえるのはとっても嬉しいですよね。
「あの、でも、同じイメージの役ばかり選んだりして、いいのでしょうか…。色んな役をこなせないと、声優として失格なんじゃ…」
「ん、麻美ちゃんの言ってることは解るし正しいって思うけど、はじめはいいんじゃないかな、それでも。特に麻美ちゃんの場合は、ね」
「えと、それは…私の実力がまだまだだから、ですよね…」
「あっ、ううん、そうじゃないよ。ほら、麻美ちゃんはユニットとしても活動してるでしょ? 特に今はデビューしたてなんだし、そっちのイメージにも合った役がいいんじゃないかなって、ね」
 う〜ん、私がおしとやかなのかは解りませんけれども、夏梛ちゃんなどにもよくほわほわしている、などとは言われますっけ…。
「私の場合はそういうのもないし特にイメージもつけない様にしてるから色んな役に出させてもらってるけど、麻美ちゃんたちはあっちの活動も大事にしなくっちゃ、ね」
 あっ、もしかして山城センパイが雑誌とか表に出るのを控えてる様子があるのって、自分に特定のイメージがつくのを避けるため、だったりするのかな…?
「あっ、もちろん、オーディションを受ける、っていうだけでも色々いい経験になるんだし、まずは自分のイメージとか気にしないで受けられるものはみんな受けてみる、っていうのもありかな。やっぱり、そのあたりは麻美ちゃん自身が考えて決めなきゃ、ね」
 最後にそう付け加えられたりして…うん、やっぱり何事も経験の積み重ねが大切ですよね。
 ですので、探した結果出てきたいくつかのオーディションを受けてみることにして、きちんと概要をメモしておきます…後でマネージャの如月さんに相談しなくっちゃ。
「あの、山城センパイ、色々ありがとうございます」
「ううん、いいよ…後輩の力になるのも、先輩の務めだもん」
 彼女はやっぱりお菓子を食べながらそう言って…あまり甘えるのもいけませんけれども、ああおっしゃってくださるのは本当にありがたく、嬉しいことです。
「山城センパイの厚意に応えるためにも、何とかオーディションに合格したいですけど…やっぱり、今の私じゃ厳しいですよね…」
 だからこそ夏梛ちゃんがいなくってもしっかり練習しなくっちゃいけなくって、そのためにこの場を後にしようと…。
「う〜ん、私はそんなことないと思うけどなぁ」
 席を立つ私に、山城センパイがそう言ってきます…?
「だって、麻美ちゃんってあのゲームのオーディション、ちゃんと通ってるじゃない」
「…えっ? あっ、でも、あれは本当の意味での採用は夏梛ちゃんで、私はあくまでサブキャラでの採用でしたし…」
「ん〜、それでも、本来なかった枠をわざわざ作って採用してるんだから、そこまでして採用したいってものが麻美ちゃんにはあったんだよ」
「そ、そう…なのでしょうか」
「そうに決まってるよ。だいたい、すでに声優として活動してる子や養成所に通ったりしてる子を押しのけて合格してるんだから、麻美ちゃんは。これってすごいことだよ?」
 そういえば、あのオーディションは経験など不問だったのですけれど、そういう人も参加していらしたの、ですよね…。
「夏梛ちゃんも確かにすごいけど、麻美ちゃんだってすごいんだから、もっと自分に自信を持たなきゃ。あと麻美ちゃんに足りてないのはそこかな?」
 はぅ、さすがにそこまで言われると言い過ぎに感じられて恥ずかしくなっちゃいます…けれど、はじめから自信を持っていなかったり諦めたりしている人なんて、採用されませんよね。
 現に、あのオーディションのときも、夏梛ちゃんのおかげで緊張だけでなく不安感も和らいだ状態で臨めたのですし…。
「…はい、ありがとうございます、山城センパイ」
「うん、でも夏梛ちゃんがいなくてさみしいと思うけど、無理しないでね。またすぐに会えるんだし、そのとき思いっきり甘えれば、ね?」
「…えっ、あ、あの?」
 今度こそ場を後にしようとしましたのに、また彼女の言葉に引っかかってしまいました。
「麻美ちゃんと夏梛ちゃん、お似合いの二人だけど、ちょっとだけ羨ましくなっちゃうかも」
「わっ、あのっ…わ、私たちのこと、えっと…」
 もしかして如月さんが…ううん、あのかたが話すとは思えないかな。
「もう、そんなの見たらすぐ解っちゃうよ。これからも、二人一緒に頑張っていってね」
「あ、ありがとうございます…」
 真っ赤になりながらお礼を言うことしかできませんでしたけれど、私たちってそんなに解りやすいのかな…。


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