第二章

 ―私のとっても大切な、大好きな夏梛ちゃん。
 これから先、彼女と一緒に歩んでいける…とはいっても、それは恋人としてのこと。
 もちろんそれが一番の幸せではありますけれど、私たちは声優で、私はそれになることが夢でした…それに、私と夏梛ちゃんは二人でユニットも組んでいますから、こちらでも一緒に歩んでいきたいです。
 でも、私は声優としても、それにユニットのパートナーとしても、まだまだ全然夏梛ちゃんの隣に立てる様な実力じゃありません。
「今日はずいぶんずいぶん頑張ってましたね、麻美。えらいえらいです」
 ですから、頑張ってお稽古するしかないわけですけれど…夏梛ちゃんにそう言ってもらえたりすると、ちょっと恥ずかしいです。
 今日…如月さんに私たちの関係を告白した後、しっかりお稽古をして、そして今がその帰り道。
「そ、そんな、全然そんなことないのに…でもありがと、夏梛ちゃん」
「べ、別に別に、そんなそんな…」
 私以上に恥ずかしそうになっちゃう彼女ですけれど、そんな私たちの手はしっかりつながれていて…恋人同士なんですから、いいですよね。
「でもでも、あんなにあんなにお稽古した後ですし、疲れて疲れていませんか?」
「うん、ちょっとだけ疲れちゃったけど、でも大丈夫だよ」
 夏梛ちゃんとこうして一緒にいるだけで、どんな疲れも吹き飛んじゃう気がします。
 と、そんな私の返事を聞いた彼女、何か考え込んじゃいました?
「夏梛ちゃん、どうしたの?」
「えとえと、疲れているんでしたら、麻美のお家にお邪魔するの…遠慮遠慮したほうがいいですか?」
 あっ、そういうことだったんだ…いけない、余計な心配させちゃったかも。
「ううん、そんな、全然大丈夫だよ?」
「でもでも、お料理を作ってくれるっていうことですし、疲れてるのにそんな…大変大変じゃないですか?」
 そう、今日は夏梛ちゃんを私のお部屋に招いて夕ごはんを食べてもらう予定になっているんです。
 この町へやってきてから今まで、よく考えたらまだ誰も呼んだことはなくって…でも夏梛ちゃんは恋人ですし、それにお部屋のお掃除もきちんとしましたから大丈夫、なのに…。
「だから、全然大丈夫だよ? 私、夏梛ちゃんがきてくれるの、とっても楽しみにしてたんだもん」
 私を気遣ってあんなことを言ってくれているんですから、それはそれでとっても嬉しいこと、なんですけど…やっぱり、彼女がきてくれる幸せには敵いません。
「それとも、夏梛ちゃんは…私のお部屋になんか、いきたくなかった?」
「そ、そんなそんなことありませんっ」
 強い口調でお返事する夏梛ちゃん、すぐ真っ赤になっちゃいますけど…よかった。
「うん、それじゃ、遠慮しないで私の部屋にきて、ね?」
「あぅあぅ、麻美…ずるいずるいです」

「夏梛ちゃん、ここが私の部屋だよ。さ、どうぞ中に入って?」
「え、えとえと、お、お邪魔します…」
 事務所からそう離れていないマンションの一室、一人暮らしをしている私の部屋に夏梛ちゃんを迎え入れます。
 緊張気味の夏梛ちゃんですけれど、大好きな人を迎え入れて私も緊張します…けれど、嬉しさのほうが上回っているでしょうか。
「それじゃ、私はさっそく夕ごはんを作るから、夏梛ちゃんはのんびりしてて?」
「そんなそんな、悪い悪いです。私も何か何かお手伝いとか…」
 夏梛ちゃんと一緒にお料理、はたまた彼女の手料理、どちらもとっても魅力的…なんですけど。
「ううん、今日は私の手料理を食べてもらいたいし、それにできあがるまで楽しみにしておいてもらいたいから、だから…ね?」
「まぁ、麻美がそこまでそこまで言うんでしたら、お願いします。私はあちらで待っていればいいんです?」
「うん、ありがと、夏梛ちゃん」
「べ、別に別に、お礼を言うのはこちらのほうだと思うんですけど…」
 彼女も納得してリビングのほうに行きましたから、私はキッチンに立って、エプロンをつけてお料理をはじめようと…。
「…わっ、はわはわっ?」
 と、キッチンにも届くほどの彼女の慌てふためく声が聞こえました?
「ど、どうしたの、夏梛ちゃんっ?」
 ただ事ではなさそうでしたので慌てて夏梛ちゃんのもとへ駆けつけますけど…。
「あぅあぅ…な、何です何です、このお部屋はっ?」
 彼女は部屋を見回しながら顔を真っ赤にしちゃってました。
 その部屋の壁には、大小色々な夏梛ちゃんのポスターが貼られていたりして、それをみて恥ずかしがっているみたい?
「何って、夏梛ちゃんのことが大好きだから、つい…」
「で、でもでも、いくら何でもこんなこんな…」
「だって、私は夏梛ちゃんの恋人であってパートナーでもあるけど、同時に一番のファンでもあるんだから。ファンなら、好きなアーティストさんとかのポスターをお部屋に貼っていてもおかしくないよね?」
 これから夏梛ちゃんのCDとか、出演しているアニメDVDやゲームなんかもできるだけ集めていきたいですし…もしも彼女が恋人じゃなくっても、私にとってはそれだけ素敵な存在なんです。
「でもでも、こんなこんな…は、恥ずかしいです」
「そこは…気にしないで、ね?」
 恥ずかしがる夏梛ちゃんはやっぱりとってもかわいくって…ポスターなどもいいですけど、やっぱり一番は実物に決まってますよね。

 ちょっと落ち着かない様子の夏梛ちゃんには待ってもらって、私はその彼女のためにお料理を作りました。
 お弁当は何度も食べてもらったことがありますけど、できたてのものははじめてで…気合が入りました。
「もきゅもきゅ…はわはわ、とってもとってもおいしいです」
「わぁ…よかった」
 その甲斐あって、夏梛ちゃんははじめの一口で本音を言ってくれました。
 もちろんその後は慌てて否定したりして…ツンデレっていうものになりそうですけれど、とってもかわいらしいですからもちろん問題ありません。
 そんな夏梛ちゃんと外食、あるいはお弁当は何度も一緒にしていますけれど、こうしてお家の食卓で、私のお料理を二人だけで取っていると、恋人同士なんですよねって感じられて、とっても幸せ。
 こんな幸せをもっと毎日…大好きな人と一緒に暮らせたらとっても、これ以上ないくらい幸せなことですよね、と思います。
「えと、夏梛ちゃん…もしよかったら、今日は泊まっていったり、しませんか…?」
 でも、いきなり一緒に暮らそう、とは言い出せなくって…夕食後、代わりにそんな提案をしてみましたけれど、これだってとってもどきどきしちゃいます。
「えっ、それってそれって、麻美のお部屋に、ということですよね…はわはわっ」
 夏梛ちゃん、真っ赤になってあたふたしちゃいましたけれど、これは予想通りのかわいらしい反応です。
「え、えとえと、そうしたいところなんですけど、今日は帰らないといけないです…」
 さみしそうになっちゃう夏梛ちゃんもかわいい…ですけれども。
「そ、そうなの…?」
 そういえば、夏梛ちゃんはご実家で暮らしているそうで、もしかして門限とかあったりするのかな…?
「は、はい、そのその…明日からの準備をしなきゃですし…」
「あ…そ、そう、だよね」
 彼女の一言で私も理由が解って納得すると同時に、さみしさなどがこみ上げてきてしまいました。
 だって、夏梛ちゃん…明日からまた、お仕事で遠くに行っちゃうことになっていますから。
「えっと、明日からのために、今日はもう帰ってゆっくりお休みしたほうがいいよ…?」
「あ、ありがとうございます、麻美…」
 さっきまでとは一転、さみしい気持ちに包まれて彼女のお見送りをします。
「え、えとえと、一週間後には麻美もこっちにくることになっているんですから…待って、待ってますからねっ?」
 玄関で靴を履いてそう言う彼女の言葉どおり、その日以降にはユニットのお仕事がありますので私も向かうことになっています…けれど、それまでは彼女単独のお仕事ですから、私がついていくわけにもいきません。
 はぅ、夏梛ちゃん、さみしいよ…。
「そ、そのその、くれぐれも、この間みたいなことにはならない様にしてくださいねっ?」
 彼女の言うのは、数日までの彼女がいなかった間での私の態度のことで…その言葉にはっとします。
 そうです、さみしがっているばかりじゃいけません…夏梛ちゃんがそばにいなくっても、これから先彼女のそばに少しでもいられる様に頑張ることはできますし、そうしなくっちゃいけません。
「うん、大丈夫だよ、夏梛ちゃん。私、頑張るから」
 ですから、笑顔でそうお返事します。
「はい…わ、私だってさみしいさみしいですけど、我慢我慢してるんですから」
 夏梛ちゃん、そう言うと少し背伸びをして…私の唇に、軽く口づけをしてきます…!
「わ…か、夏梛、ちゃん…」
「え、えとえと、それじゃ…いってきますっ」
 あまりに突然のことに、とっても恥ずかしそうに玄関から駆け出していく夏梛ちゃんのことを追いかけたりすることもできず、しばらく呆然としちゃいました。
 夏梛ちゃん…夏梛ちゃんが、私と離れ離れになるのをさみしいと言ってくれて、さらに別れ際に口づけまでしてくれました…。
「うん…これは、絶対に頑張らなきゃ、いけませんよね」
 あの子を失望させる様なことになってはいけません…口づけの余韻を感じながら、強くそう思いました。


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