「全く全く、あのことを夢だとか思っちゃうなんて…もうもうっ」
 ダンスルームにあった椅子を二つ並べたすぐ隣に座って、私に少し呆れた様な怒った様な、でも恥ずかしそうに感じられる表情を向けてくる、灯月夏梛ちゃん。
 同じ事務所、同じマネージャさん、さらにデビュー作も同じでユニットまで一緒に組んでいる、ゴスいおよーふくのとっても似合うかわいい女の子…そして、私の初恋の相手。
 私、それに夏梛ちゃんももちろん女の子…私は昔から女の子を好きになる傾向があり、特に女の子同士の恋愛、百合と呼ばれるお話が好きでしたけれど、だから彼女のことを好きになった、というわけではありません。
 現に、高校卒業まではずっと声優さんになるという夢を追い続けてきて、自分自身が男女問わず恋をすることなんて、考えもしませんでしたから。
 それが、夏梛ちゃんにはほとんど一目惚れをしてしまって、それから新人として一緒に練習をする日々などを過ごす中でその想いはどんどん強くなっていって、当初は彼女一人でデビューする予定だったアイドルユニットも私から無理を言って一緒にデビューさせてもらったんです。
「だって、その、夏梛ちゃんと想いが通じ合えるなんて、夢みたい…ううん、夢でも考えられなかったことで…」
「全く全く、麻美は自分の気持ちだけで精一杯でしたし、その…私の気持ちには、全然気づいてくれませんでしたものね…」
「は、はぅ、それこそ夢でもあり得ない、って思っちゃってて…」
 私はずっと、この想いを心の中にとどめて、告白をする様なことはできませんでした。
 勇気がなかったということもありますし、女の子同士の恋愛について彼女がどう思っているのかも解らず、告白なんてしたらこれまでの関係さえなくなってしまわないか不安で…何より、彼女の様な素敵な子が私などとつり合うわけない、とも思っていましたから。
 それが、昨日…夏梛ちゃんのほうから、私と一緒の想いを持っていると、伝えてくれたんです。
 あぁ、やっぱり夢でも考えられなかったことで…ちょっと、不安になっちゃいます。
「夏梛ちゃん、私のこと…本当に、好き…?」
 こんなことをたずねたら面倒くさい人、って思われかねないですけれど…それでも、じっと見つめて声をかけちゃいました。
「な、何です何です、私のこと、信じられないんですか?」
 夏梛ちゃん、ぷいっとしちゃいます。
「ううん、そんなことない…けど、やっぱり言葉で聞いてみたいな、って」
「も、もうもうっ、面倒面倒ですね…」
 はぅ、やっぱり…でもでも、やっぱり聞きたくって、じっと見つめちゃいます。
「え、えとえと…」
 顔を真っ赤にして戸惑う夏梛ちゃん…もう、本当にかわいらしすぎます。
「あ、麻美…好きです、よ…?」
 そして、ぷいっとしたまま、とっても恥ずかしそうにそう言ってくれます…!
「…わぁ、夏梛ちゃんっ」
「むぎゅ…はわはわ」
 その一言がとっても嬉しくって、すぐ隣に座る彼女をぎゅっと抱き寄せちゃいます。
「うん、私も夏梛ちゃんのことが大好きっ」
「はぅ、あ、麻美…」
 私、それにきっと夏梛ちゃんも、とっても幸せで満たされた気持ち…しばらく、そのまま抱きしめ続けちゃいます。
「夏梛、ちゃん…」
 少し抱きしめる力を弱めて彼女を見つめると、彼女は真っ赤な顔で…そして、目を閉じました。
 わっ、これは…あれです、よね。
 私も気持ちを抑えられなくって、目を閉じ、そして引き寄せられるかの様に彼女へ顔を近づけてきます。
 …はぅ、口づけは昨日もしちゃいましたけれど、やっぱりどきどきします。
 と、私の唇がもう少しで夏梛ちゃんへ届きそうになったとき、突然部屋の扉が開く音が聞こえます…!
「きゃっ?」「は、はわはわ…!」
 私と夏梛ちゃん、慌ててお互いの距離を取りますけれど…だ、誰かきちゃいました?
 驚いてどきどきする胸を抑えながら扉へ目をやると、開いた扉から人が入ってくるのが見えます。
「…あれっ、夏梛ちゃんと麻美ちゃん。二人ともはやいね…おはよ〜」
「あっ、は、はい、おはようございます…!」「お、おはようございます、山城さん…!」
 入ってきた人に声をかけられ、私たちは慌てて立ち上がりながら挨拶をします。
「うん…って、どうしてそんなに慌ててるの?」
「えっ、えっと…」「な、何でも何でもないですよっ?」
「ふぅ〜ん…ま、いっか」
 少し不審げになるもののすぐに笑顔になったのは、山城すみれさん。
 やや背の高めな、それに短めの髪をした明るい雰囲気の女の人で、この事務所に所属する声優さん…年齢も声優さんとしての経歴も私たちより上な、つまりは先輩さんです。
 よくお菓子を食べている、そしてそれを気軽に周囲の人へあげたりされる気さくなかたですけれど、私は人見知りをしてしまいますしそれに他の声優さんと接するなんてとっても緊張してしまいますからあまりしっかりとお話しをしたことはないかも…。
「それで、二人はユニットのお稽古?」
「は、はい、でもでも、もしかして山城さんがここを使いたかったですか…?」
 私がそんなですから、二人でいるときはだいたい夏梛ちゃんが他の人としゃべってくれます。
「ん、大丈夫だよ。私は二人みたいに歌ったり踊ったりしないし、空いてれば使おうかな、くらいだったから」
 山城さんは私が学生時代に手にしたアニメやゲームにも出演されてましたけど、確かに歌手活動などはしてません…というより声優さんの雑誌にもほとんど載らなくって、私もこうして同じ事務所でお会いするまでお顔とかどの様なかたなのかとか、全く知りませんでした。
 結構目立った役をしたりもしていますし、それにきれいな人なのに…不思議です。
「でもでも、それは私も同じですし、山城さんが使いたいんでしたら…」
「だから大丈夫だよ。それに二人はユニットを組んで歌手活動もしてるんだし、一緒にお稽古しなきゃ…ね?」
 そこまで言ってもらっては、うなずくしかありません。
「うん、それでよし。夏梛ちゃんと麻美ちゃんのユニット、私も応援してるんだから」
「はわはわ、ありがとうございます」「あ、ありがとうございます…!」
「それに、二人くらい仲がいいとユニットの活動も楽しそうかも…う〜ん、でも私にはやっぱり無理かな」
 もしかして、人前に出るのが苦手とか…あまり、そうには見えないですけれども。
「え、えとえと、とにかくとにかくありがとうございます、山城さん」
「ううん、あっ、でも、何回も言ってるけど私のことは『センパイ』って呼んでね。じゃ、頑張ってね」
 そんなことを言い残して、山城さんは部屋を後にされました。
「えっと、そういえば、いつもそうお願いされてたっけ…」「ですです…月宮さんのことをそう呼んでますし、少し少し不思議です」
 う〜ん、先輩後輩の関係をしっかりしておきたい人なのでしょうか…。
 とにかく、この部屋にはまた私と夏梛ちゃんの二人きりになりました。
「え、えっと、夏梛ちゃん、さっきの続きは…」
「は、はわはわ、そんなのダメですっ。山城さんにああ言ったんですし、しっかりしっかり練習しましょう…もうすぐもうすぐイベントもあるんですし」
 少し顔を赤くしながらもそう言われちゃいましたけれど、そうですよね…先輩さんにお部屋を譲ってもらったのにいちゃいちゃしたりしているわけにはいきませんよね。
「う、うん、夏梛ちゃん、頑張るよ」
「ですです、その意気です」
 口づけできなかったのはちょっと残念でしたけれど…でも、夏梛ちゃんと想いが通じ合ったというのが夢じゃなかったことが確認できましたし、それだけでも十分すぎます。


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