第一章

「ん、う〜ん…」
 ―気がついた私の目に入ってくるのは、見慣れたお部屋。
 カーテンの隙間からはわずかに光が差し、外からは雀たちのさえずりがわずかに届きます。
「朝…ですか」
 ベッドの上でゆっくりと身体を起こしながら、つい先ほどまでの光景を思い返します。
「私、またあの夢を見て…」
 大切に想う人を、泣きながら見送る私…あれは確かに夢ではありましたけれども、その全てが夢の中での妄想、というわけでもありません。
 私の名前は「あやちゃん」ではありませんし、私の想う人も「響子さん」ではありませんけれど、彼女は私にとって、もう一人の私といってもいい存在です。
 すぐそばにいる大切な人への想いをずっと抱いていながら、伝えられない…少なくとも私には彼女がそう見えて、それが私自身と重なり、あの様な劇中のシーンをよく夢として見てしまうのです。
 たとえ響子さんがどの様な展開を辿ろうとも、けっして報われることのない想い…。
 それが、私のあの子への想いと似ている、と感じていて…。
「ううん…私は昨日、あの子と…」
 昨日あった光景が蘇ってきますけれど、そう、私の想いとあの子の想いが重なって、そして…。
「は、はぅ、あんなこと…」
 まさに夢みたいな…ううん、夢でもとても思い描けなかったひとときを思い返して、思わず真っ赤になりながら身悶えてしまいます。
「…と、あれは、夢ではありません、よね?」
 ふとそんな可能性が脳裏をよぎり、今度は顔が青くなってしまいました。
 でも、今まで夢でも望めなかったことを、つい夢で見てしまった…そういう可能性って、十分にあって怖いです。
 ううん、その可能性のほうが高いのかも…だって、あの子が私のことを、その、好きだなんて、自分でも信じられないくらいで…。
「…そ、そんなこと、ないですよね?」
 不安な気持ちがどんどん大きくなってきてしまって、慌ててベッドから飛び起きました。

 朝ごはんもそこそこに、出かける準備…腰のあたりまでさらっと伸ばしている髪も寝癖とかついていませんし、大丈夫です。
「えっと、今日も会えます、よね…その、よろしく、ね?」
 全ての準備を終えて、お部屋に貼ってあるあの子のポスターへ話しかけちゃいます。
「…じゃあ、いってきます」
 不安な気持ちを何とか抑えながら、一人暮らすマンションの一室を後にしたのでした。

 ―私、石川麻美はつい先日発売されたゲームでデビューを果たした声優です。
 高校時代のほぼ全てを、声優になるという夢を追って過ごしてきましたから、それが叶ったのは本当に夢みたいなこと。
「あら、石川さん、おはようございます。何だか今日も少し息を切らせてしまっていますけれど、大丈夫ですか?」
「ふぅ…あっ、は、はい、おはようございます、如月さん」
 午前中とはいえ夏の日差しの中、ちょっと急ぎ足でやってきちゃいましたから少し息切れして出迎えてくれた人に心配されてしまいましたけれど、そんな私がやってきたのは市街地の一角にあるビルの中。
 ここは天姫プロダクションという主に声優さんなどが所属する事務所で、私もこの春からここに所属させてもらっていまして、お家もここから近い場所で一人暮らしをしています。
「まぁ、本当ですか? 無理はしないでくださいね?」
 入口付近で私のことを出迎えてくださった、高めの背にスタイルもいい、そしてやさしげな雰囲気を出したスーツ姿の女性は如月睦月さんとおっしゃり、私とあの子のマネージャをしてくださっています。
「は、はい、あの、それよりも、夏梛ちゃんは…きていますか?」
「あら、まぁ、灯月さんですか? ついさっきいらして、今はダンスルームにいるはずですよ?」
 その瞬間、胸の高鳴りが一気に増してしまいました。
「あの、その、じゃあ、私、夏梛ちゃんのところに…」
「あら、まぁ、いってらっしゃい」
 少しおどおどしてしまう私に如月さんはいつもどおりのやさしい笑顔を見せてくださいましたので、私は一礼してからその言われた場所へ向かいます。
 向かった場所、そういえば昨日のあのことがあったのも、その場所ででしたっけ…。
「どうか、夢などではありませんように…」
 扉の前で大きく深呼吸をして、どきどきする気持ちを何とか落ち着けてから、ゆっくりと扉を開けて中へ入ってみます。
 ちょっと広めの空間の取ってある、主に踊りなどの練習を行うときに使う場所にあった人影は一つだけでしたけれど、その姿が目に留まった瞬間、私の胸は一気に高鳴ってしまいました。
「…あっ、麻美、おはようございます。今日もはやいはやいですね」
「う、うん、か、夏梛ちゃん…お、おはよ」
 こちらに気づいて挨拶をしてくれるその子に対して、私はどきどきが大きくなるばかりでぎこちないお返事になっちゃいました。
 だって、その子…少し小さめの背に長めの髪をツインテールにした、そしてゴスいおよーふくを着た姿がまたとってもかわいらしい彼女、灯月夏梛ちゃんこそ、私の大切な、強く想う人ですから。
 私と夏梛ちゃんは昨日この場所で、お互いの想いが同じことを確認しました…けれど、あれは私の夢なんじゃないのかな、なんて思ったりもして…。
「あっ、あのっ、か、夏梛ちゃ…」
 言葉にして確かめようってしますけれど、どきどきと不安が重なって、上手く言葉が出ません。
「…麻美? どうしたんです?」
 そんな私を彼女は不思議そうに見てきていて…ど、どうしよう?
 昨日のことがもし夢だったとしても、私はもうそれだけこの想いが抑えられなくなっている、ということですし…実際、もうあふれ出てしまいそう。
「う、うん、夏梛ちゃん…」
「もうもう、何です? 言いたいことがあったらはっきりはっきり言ってくださいっ」
 もじもじしてばかりの私にあの子の機嫌が悪くなっていっちゃいます…けれど、よく見るとそんな彼女の顔は赤くなっています?
 うぅ、あんな反応をされちゃったら、もう我慢できません…もしあれが夢なのでしたら、そのときはそのときです。
「う、うん、夏梛ちゃん、その…大好きっ」
 ゆっくりと歩み寄って…最後の一言を言うと同時に、彼女のことを抱きしめてしまいます。
「は、はわはわっ、あ、麻美、何するんです…!」
「だって、夏梛ちゃんのことが好きすぎて、我慢できないんだもん…」
 とってもかわいくって、そして愛しい夏梛ちゃん…ぎゅって抱きしめるとぬくもりが伝わってきて、どきどきする以上に幸せな気持ちに包まれます。
 はぅ、もうずっとこうしていたいです…。
「むぎゅっ、あ、麻美、苦しい苦しいです…」
「あっ、ご、ごめんね…?」
 つい、夏梛ちゃんの顔を胸ではさむかたちでぎゅっとしちゃってました…少し力を抜きますけれど、それでも軽く抱きしめ続けちゃいます。
「ま、全く全く、き、昨日までは気持ちを伝えられなかったくせに、ずいぶんずいぶん大胆になりましたね…!」
 すぐ目の前にいる夏梛ちゃんはそう言ってぷいってしちゃいましたけれど、顔を赤くしてのその仕草もとってもかわいい…って?
「か、夏梛ちゃん…昨日、って…?」
「な、何です何です…ま、まさかまさか忘れたとかそんなこと言わないですよね?」
 そんなことを言う彼女は恥ずかしげで…もう、これは大丈夫ですよね。
「よかった…昨日のこと、夢じゃなかったんだ…!」
 安心して、それにとっても嬉しくなって、また夏梛ちゃんをぎゅっと抱きしめちゃいました。


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