二人でのんびりお蕎麦を食べ終わる頃には、今年も本当にあとわずかになっていました。
「さっきも少し話に出たけど、私と夏梛ちゃんってこうして一緒にいる様になって、まだ一年もたっていないんだよね…」
「ですです、はじめて会ってからは一年たちましたけど」
「でも、もうずっと夏梛ちゃんと一緒にいる、って感じちゃうし、それだけこの一年で色々なことがあった、ってことだよね」
「ですです、私にとって今年は一番一番色んな色んなことがあった気がします」
「あっ、夏梛ちゃんもそう感じてるんだ」
 本当に、今年は私が今まで生きてきた中でそう感じずにはいられない一年になりました。
 オーディションに合格…っていっていいのか解らないですけど、とにかく声優さんになれて、でもその通知を受け取った直後に父が亡くなって…。
 声優になる、ということは父が亡くなるまさに直前に伝えるかたちになっちゃって…それだけの親不孝をして、さらに受け継ぐはずでしたもののほとんどを手放したりしてまで声優の道を選んだのですから、しっかりしなくてはいけませんよね。
 結局、卒業までのほとんどの時間はそのことの処理などに費やされちゃったわけですけど、それだけでも十分すぎるほどに大きなことがあった、といえちゃいます。
「…麻美ったら、どうかどうかしましたか?」
「あっ、ううん、ちょっと、今年の…夏梛ちゃんに会う前のことを思い出しちゃって」
「卒業前のこと、ですか…私は別に別に大きな大きなことはありませんでしたけど、麻美は色々色々あったみたいですものね…」
 夏梛ちゃんにはもちろん卒業前にあったこともすでに話してあります。
「うん、でも…そこから夏梛ちゃんと出会ってから今日までも、本当に色んなことがあったよね」
 ちょっと雰囲気が重くなっちゃいそうでしたから話題をその先のことへ進めます。
「事務所ではじめて会ったとき、夏梛ちゃん、とってもびっくりしちゃってたよね」
「そんなのそんなの当たり前です。オーディションで選ばれるのは一人、って聞いて聞いてたんですから」
「それに、私のことを一目見て、オーディションの日に会った人だって解ってくれたし」
「そ、それもそれも当たり前ですっ。麻美みたいな子、一目一目見たら忘れるわけ…あぅあぅ」
 夏梛ちゃん、途中で顔を赤くしてごにょごにょしちゃった。
「え、えとえと、今のは今のは…そうですそうです、オーディション当日に、同じ同じものを受ける人が事務所前であんなにあんなに緊張緊張してたんですから忘れるわけない、って意味ですっ」
「うん、それはそうかも。でも、私はそういう状況で声をかけてくれた子、っていうこともあったけど、とってもかわいいってことで夏梛ちゃんのこと、はっきり覚えてたよ」
「も、もうもうっ、何を何を言ってるんです…!」
 私は本当のことを言っただけなのにますます赤くなったりして、本当にかわいいです。
「あんなかたちで再会して、そして一緒のゲームでデビューして、そして今こうして一緒にいるんだから、私と夏梛ちゃんはまさに運命の出会いだったんだよね。夏梛ちゃんもそう思わない?」
「そ、それはそれは…そう、かもです」
「うん、そうだよね…うふふっ」
 あぁ、もう、こんなかわいすぎる夏梛ちゃんと一緒にいられて、幸せな気持ちが溢れてきちゃいます。
「二人で一緒に練習したり、アイドルユニットまで組んだりしちゃったりして…」
 声優になることはずっと夢見てきていたことでしたけど、アイドルになるなんてことは全然思ってもみなくって、夏梛ちゃんがいなかったら絶対そんなことはしていませんでしたよね…。
「麻美は私と一緒に一緒にいたいからって、アイドルをはじめたはじめたみたいですけど」
「はぅ、そ、それは…うん、そうなんだけど…」
「…まぁ、動機が何であるにしても、麻美は頑張ってるって思いますよ?」
「わぁ…ありがと、夏梛ちゃん。私、もっと頑張るねっ」
「も、もうもうっ、そ、そのあたりはほどほどにしておいてくださいねっ」
「うん、夏梛ちゃん」
 あれっ、夏梛ちゃんがまたちょっと赤くなっちゃってる…どうかしたのかな?
「そ、そんな麻美ですけど、私がお仕事で東京に行って離れ離れになったときには何も何も手につかなかったみたいですけど…」
「はぅっ、そ、それは…ご、ごめんね?」
 一息ついてからの彼女の言葉に私はまた言葉を詰まらせちゃいました。
 そのときは、一緒にお仕事をはじめてからはじめて長い間離れ離れになっちゃって、さみしい気持ちが抑えきれなかったのでした…ですので夏梛ちゃんのファンクラブを設立、なんてことはしちゃってたんですけども。
「いえいえ、もう終わった終わったことですし、それに…それに、そんなことがあったから、今の私たちはこうしてこうして…」
 ちょっと恥ずかしそうにする夏梛ちゃんですけど…そうです、私と夏梛ちゃんがこうしてお付き合いをすることになったのは、そのときのことがきっかけになっていたのでした。
 もしもそのときのことがなかったら、私も夏梛ちゃんも想いを伝える機会はあったでしょうか…そう思うと、これでよかったのかなって感じます。
「うん、そうだね、夏梛ちゃん。こうして一緒になれて、本当によかった」
「はぅはぅ、そ、そう…ですね」
 夏にはこんなにかわいい夏梛ちゃんと一緒に海沿いの別荘でお泊りもしましたっけ。
「うふふっ、秋には私の母校で一緒に学園祭ライブまでして…そんなかたちで学校に、卒業してからわずか半年くらいのうちに行くなんて、思ってもみなかったよ」
「麻美の学校はさすがさすがに立派な立派なところでした…このお家に私がはじめてお邪魔したのも、そのときでしたっけ」
 こうしてお家にお友達…もそうですけれどそれ以上の関係の子を連れてくるなんて、こんなことも思ってもみませんでした。
「私ばっかりじゃなくって、夏梛ちゃんの過ごした場所にも行ってみたいな」
「えっ、それってそれって、私の通ってた学校に、ってことです? でもでも、いたって普通の普通のところですし、見るべきところなんてないですよ?」
「そうなの?」
 うなずかれちゃいましたけれど、でも普通の学校って…夏梛ちゃんの感覚だと私の通っていた学校はそうじゃないみたいですし、どんな感じなんでしょう。
 少し気になりますけど、そこはアニメやゲームとかでよく見る感じ、って思っておくとして…それ以上に気になることがあります。
「じゃあ、せめて夏梛ちゃんのお家に行きたいな」
 そうなんです、私ってまだ一度も…事務所のある街にあるのに。
「…はわはわっ、そ、それはそれは、またそのうちに…!」
 そして彼女の反応もいつもこんな感じ。
「もう、そんなこと言って…そのうちっていつ?」
「そ、そのうちそのうちですっ」
「もう、そんなこと言ってると、私から押しかけちゃうよ?」
「ま、待って待ってくださいっ。こういうのはタイミングとか大切大切ですから…」
「タイミング、って?」
「それはそれは…麻美のこと、紹介紹介する…」
「…あ」
 ごにょごにょしちゃう彼女ですけど、そうでした…私とは違って彼女にはきちんと両親がいて、そして現在同居しているんですよね。
 まずはお友達とかとして紹介してもいいんじゃ、とも思いますけど、そうしないでああやって悩んでくれるほど彼女が私との関係を真剣に考えてくれている、って嬉しくなります。
 うん、そこは嬉しいんですけど、同時に不安にもなってきちゃいました…いえ、夏梛ちゃんのご両親にそういう意味でのご挨拶をする、って思うと…。
「…そ、そうだよね、そういうのってタイミングが大切ですよね。夏梛ちゃんがいいっていうときまで待つね」
「ほらほら、やっぱりやっぱりそうなったじゃないですか。これは麻美のために言って言ってるんですからね?」
「う、うん、ありがと、夏梛ちゃん」
 大丈夫です、焦ったりしなくっても、いずれきちんと行ける日はきます、よね…。
「…うん、今はこれで十分だよね」
「何が何がです?」
「それはもちろん、こうやって夏梛ちゃんと一緒にいられる、っていうことだよっ」
「…むぎゅっ!」
 想いを抑えきれなくなって、あの子のそばに寄ってそのままぎゅってしちゃいます。
 ぎゅって私の胸にうずめたあの子の頭、ツインテールにした髪を結ぶ白いリボンが目に留まりますけど、それは今の私の髪を束ねているリボンと同じ、私がクリスマスの日に送ったもの…。
 そのクリスマスもそうですし、今日の年越しも…こうしていられること、本当に夢見たいです。
「…あぅあぅ、麻美、苦しい苦しいです!」
「…あっ、ごめんね、夏梛ちゃん、つい」
 ゆっくり彼女を離しますけれど…。
「…離れなくてもいい、ですから」
 わっ、夏梛ちゃんのほうから身を寄せてきました。
「うん、夏梛ちゃん…もうすぐ、今年が終わっちゃうね」
「ですです…麻美はこの一年、どうでしたか?」
「そんなの、とっても幸せな一年だったに決まってるよ…夏梛ちゃんは、どう?」
「そんなのそんなの…私も同じ、同じです」
 お互いに身を寄せ合ったまま、微笑み合います。
「夏梛ちゃん、来年も…ううん、その先も、こうしてずっと一緒にいようね?」
「ですです、一緒に…」
 見つめあう私たち、どちらともなく顔を近づけて、あつい口づけを交わします。


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