第六章

「あら、いらっしゃい、アサミーナちゃん。外もすっかり寒くなってきたけれど、大丈夫?」
「こんにちは、美亜さん…はい、お気遣いありがとうございます」
 ―もうすっかり行きつけとなった喫茶店。
 今日は夏梛ちゃんがお仕事でいませんから、一人でちょっとジョギングをしていつもの場所で練習をしてからここへ立ち寄らせていただきました…大丈夫とはいえ外の空気は冷たさを覚え、店内のあたたかい空気と紅茶の香りにほっとします。
「今日はかなさまとは離れ離れなのね…さみしくないかしら?」
 紅茶を口にして一息ついていますと、今日も他のお客さんや山城センパイなど誰の姿もないこともあって、美亜さんが向かい側の席へついて話しかけてきます。
「さみしくない…と言ったら嘘になっちゃいますけど、でも大丈夫です」
「そう…そんなアサミーナちゃんに、いいものをあげるわね」
 そう言って美亜さんが私へ差し出してきたのは、一冊の本でした。
 表紙はかわいらしい二人の女の子のイラストになっていますけれど、この絵のタッチはどこかで見た印象を受けますし、それに片方の子があの子にしか見えない気がします?
「あの、これって…?」
「美紗ちゃんが書いた、アサミーナちゃんとかなさまの本よ。二人に読んでほしいって、私に送ってきたの」
「わっ、本当に書いてくださったんですか…」
 この間の学園祭後にあの学園でお会いした際にそんなことをおっしゃっていらっしゃいましたけれど、まさかこうして本当に私たちのことが物語にされるなんて、学生時代に彼女の書いたお話を読んでいた身としては不思議な感じもします。
「美紗ちゃん、すみれちゃんたちのお話も書いたのよ。そちらはもうすみれちゃんに渡しちゃったけれども」
「…あれっ、藤枝さんってあのお二人のこと、知っていたんですか?」
 特に接点はないはずですから、不思議になっちゃいました。
「あの二人、アサミーナちゃんとかなさまの学園祭ライブ、見にきていたでしょう? そのときに会ったのよ」
「あっ、そういうことでしたか…」
 それでも一回会っただけでしょうし、それだけで物語が書けてしまうなんて、やっぱり藤枝さんはすごいです。
「すみれちゃんたちっていえば、先日の学園祭ライブは大成功だったわね。私も観にいったけれど、あの二人もアイドルデビューすればいいのに」
 美亜さんの言葉どおり、私と夏梛ちゃんも協力をしたお二人の学園祭ライブは先日無事に行われました。
 私と夏梛ちゃんも観にいったのですけれど、お二人とも息もぴったりで会場も大盛況でした。
 お二人のことを見るついでに里緒菜さんの学校…私の母校の分校となる学校の学園祭も夏梛ちゃんと一緒に回れて、私の母校での学園祭はお仕事があって回れませんでしたし、それにそもそも誰かと学園祭を楽しむ、というのもはじめてのことでしたからよかったです。
「確かにお二人とも普通にアイドルとしてデビューできると私も思いますけれど、お二人の考えあってのことですから」
「もったいないわね…あのライブを見た子たちもデビューを期待しているのに」
 お二人とも声優はあまり表に出ないほうがいい、という考えのかたですから…先日のライブも、私たちに触発されて一回だけ声優の活動とは関係なくやってみよう、というものでしたし。
 ちなみに、お二人は周囲に声優をしていることを言っていなかったみたいなのですけれど、あのライブの後にそのことも知られちゃったみたいで、里緒菜さんはライブをしたことをほんの少しだけ後悔してしまっていました。

 美亜さんから受け取った、彼女の妹の藤枝美紗さんが書いた、私と夏梛ちゃんの物語…さっそく、その場で読ませてもらうことにしました。
 私を描いたにしてはちょっと…ううん、かなりかわいらしい表紙絵の入ったそれは、私が藤枝さんに出会った頃からのことが私視点で書かれていました。
 松永さんとのことなども書かれていて、てっきり夏梛ちゃんとのことだけが語られるのかと思っていましたからびっくり…前半は私の物語になっちゃってました。
 それでも、中盤で私と夏梛ちゃんが出会ってからは、私たち二人の物語になっていて…これまでにあったことが、あの学園祭ライブの日に至るまでしっかりと書かれていました。
 できごとや心情などかなり正確に書かれていて、当人しか知り得ない様なことをどうしてここまで書けたのか不思議になったり、あるいは少し恥ずかしくもなります…けれど、やっぱりそれ以上に、夏梛ちゃんとの想い出が蘇ってきて幸せな気持ちになります。
「そっか…夏梛ちゃんと出会って、もう一年になるのですね…」
 全てを読み終え、懐かしい気持ちに包まれながら静かに本を閉じました。
 はじめて出会ったときから彼女のことは気になっていましたけれど、まさか今みたいな関係になれるなんて思ってもいなくって…それが一年たたないうちに、なのですから自分のことながら驚いてしまいます。
「読み終わったみたいね…どうだったかしら?」
 私の様子を見計らって、カウンタへ戻っていた美亜さんが歩み寄ってきます。
「はい、とってもよかったです…ありがとうございます。これ、持っていってもいいでしょうか…夏梛ちゃんに見せたいので」
「ええ、もちろん…というより、それはアサミーナちゃんへプレゼント、という意味で渡したのだもの」
 夏梛ちゃんにこれを見せたらどうなるでしょうか…うふふっ、今からその光景が目に浮かびます。
 それはとっても楽しみなのですけれど、それとは別に今の美亜さんの言葉を受けて少し思うことがありました。
「プレゼント、ですか…」
「あら、アサミーナちゃん、どうしたの?」
「あっ、はい、もうすぐ、本当にあと数日で私と夏梛ちゃんが出会って一年がたちますから、その記念に何かプレゼントを用意しようかな、って」
 今回は思い至ったのが遅くって大それたものは用意できなさそうですけれど、これから先…例えば夏梛ちゃんと恋人になれて一年などの日にも、何か用意したいですよね。
「ふふっ、それはいいことね。けれど、今月はもう一つプレゼントを用意する機会があると思うし、そちらもしっかりね」
 うきうきした気持ちになる中、美亜さんがそうおっしゃいます…?
「えっと、それってどういうことですか…?」
「あら、解らないの? 十二月といえば…」


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