二人手を繋いでひと気のあまりない住宅地をお散歩しながら、夏梛ちゃんは今まで私の知らなかったこと…私に出会うまでの自分について話してくれました。
 さっきも聞きました様に夏梛ちゃんは子供の頃から劇団で子役として活動していたり、学校も高校までそういう専門の勉強のできる学校へ通っていたといいます。
 ご両親が夏梛ちゃんを将来役者さんにしたい、と考えていたこともありそういう環境に身を置いていたみたいなのですけれど、夏梛ちゃんは次第に声優さんやアイドルのほうへ気持ちが動いていって、結果として今があるわけです。
 夏梛ちゃんは今でも実家で暮らしていることからも解る様に、役者さんにならなかったとはいってもご両親とはよい関係みたいで…最期の最後でようやく自分の進む道を伝えられた私を思うと、少し羨ましいかもしれません。
 そんな夏梛ちゃん、あのオーディションを受けて事務所へ入るまではずっと夢へ向かっての努力や舞台活動のほうが第一で、あまりお友達を作ったり遊んだりはしてこなかったそう。
「ですからですから、この間麻美は自分の学生時代のこと恥ずかしがってましたけど、私だって麻美とそう変わらなかったんですよ?」
 と、一通り話したところで夏梛ちゃんはそう話を締めくくりました。
 う〜ん、さすがに私ほど独りきりではなかったとは思いますけれど…夏梛ちゃんには自然と人が集まってきそうですし。
 そうはいいましても、色々意外な過去ではあったかも、とは感じるでしょうか。
「そっか、夏梛ちゃんにはそんな過去があったんだね」
「はぅはぅ、やっぱり何だか少し少し恥ずかしい恥ずかしいかも…あのとき麻美が逃げ出しちゃった気持ちも、少し少し解るかもしれません」
 少し赤くなっちゃうあの子ですけれど、私がしっかり手を繋いでいますからもちろん逃げられません。
「うふふっ…夏梛ちゃんが新人らしからぬ実力があるのは、それまでにもそういう活動をしてきていたからなんだね」
「まぁ、一応一応そういうことにはなりますけど、でもでもこういう経歴の子って別に別に珍しくありませんし、それにそれに私なんてまだまだです」
「もう、そんなことないよ、夏梛ちゃんはすごいんだから。そんな昔から今の自分を目指して頑張ってたなんて、とっても感心もしちゃうし」
「あぅあぅ、ですから別に別に…!」
 照れて赤くなっちゃったりして、かわいいんですから。
「でも、それに較べて私って…」
 ふと自分のことを考えてしまいますけれど、私は夏梛ちゃんと較べて本当に練習とかしていない様に思えて…今こうして彼女と一緒に活動できていることが不思議にさえ思えてきちゃいます。
「…うん、もっと頑張らなきゃ」
 夏梛ちゃんのここまでの歩みを聞いて、そういう気持ちを新たにします。
「…もうもう、麻美は何を何を言ってるんです」
 と、あの子がそう声をあげつつ私の手を強く握ってきます?
「麻美だって私に負けない負けないくらいとってもとっても頑張ってるって思います。学生時代のことは聞きましたし、今だってしっかりしっかり練習とかしてるじゃないですか」
「そ、そうかな?」
「ですです、だから今こうして私と一緒にお仕事できているんじゃないんですか?」
「…うん、ありがと、夏梛ちゃん」
 私がまだまだなのは確かですけれど、彼女と活動できているのも確か…それにあの子の言葉は嬉しかったですからうなずきます。
「ですです、解れば…むぎゅっ!? あぅあぅ、あ、麻美ったら…!」
「うふふっ、夏梛ちゃん、大好きっ」
 さらに思わず彼女のことをぎゅってしちゃいました。
「夏梛ちゃん、私、これからも頑張るから…だから、これからも一緒にいてね」
「わ、解りました、解りましたから、離して離してください…!」
 慌てる彼女がかわいいこともあってしばらくこうしていたかったのですけれど、仕方なくゆっくり身体を離します。
「全く全く、麻美ったらこんなこんな道の真ん中で…!」
「ごめんね、夏梛ちゃん…つい」
「つい、じゃないです…全く全く!」
 夏梛ちゃん、怒っている様にも見えますけれどもそれでも自然な感じで私の手を取ってくれて、二人一緒に並んで歩きはじめます。
「本当本当、麻美ったら…筋肉痛のことも忘れて忘れていませんか?」
「…あっ、そういえば」
 あの子の昔話が聞けたり、幸せなこと続きですっかり感じなくなっちゃってました。
 今日はそんな痛みも忘れるくらい、とっても幸せ…ですけれど、しいて言えば。
「子役をしてたっていう頃の夏梛ちゃん、見てみたかったな。今の夏梛ちゃんもとってもかわいいけど、昔の夏梛ちゃんもきっと…」
 うん、これがちょっと心残りかも。
「夏梛ちゃん、その頃の写真とかって残ってないの? よかったら、見せてほしいな」
「あぅあぅ、えとえと…か、考えておきますっ」
 でも、今はやっぱりすぐ隣にいる彼女とこうしているだけで、私の心は十分すぎるほどに満たされます。
「うん、ありがと、夏梛ちゃん…楽しみにしてるねっ」
 ですから、そう答えながらあの子の腕へしがみついちゃうのでした。


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