結局、山城センパイが普段しているっていいます早朝ランニングはやめておいて…というよりも、私にはできませんでした。
 ううん、朝起きるのは別に苦手じゃないんですけど…。
「…全く全く、あのくらい走っただけで筋肉痛になっちゃうなんて、麻美はやっぱりやっぱり体力ないですね」
「はぅ、ご、ごめんね、夏梛ちゃん」
 その翌日、今日もまた夏梛ちゃんとランニングをして、その後にあの公園の同じベンチに座る私たちなのですけれど…今日もジャージ姿な彼女の言うとおり、昨日のジョギングのために今日は朝から激しい筋肉痛になっちゃってました。
 今までも、例えばライブの翌日などはそうなっちゃうこともありましたけれど、でもここまでひどいのははじめてかも…。
「別に別に謝ることじゃありません。むしろむしろ、私は麻美のことえらいって思ってるんですから」
「…えっ、どうして?」
 私は自分が情けなくなっちゃってますのに夏梛ちゃんはああ言ってくるものですから首を傾げちゃいます。
「だってだって、麻美は筋肉痛がひどいひどいですのに、今日も頑張って走りましたし、それにそれにお弁当も作って作ってきてくれているんですから」
 夏梛ちゃんの言うとおり、ベンチの上にはジョギング前に置いておきましたお弁当があります。
「えっ、ううん、そんな、お弁当は夏梛ちゃんに食べてもらいたくて作っただけだし、それに筋肉痛のせいで今日は昨日よりも走るのがさらに遅くなっちゃってたし…」
「それこそ私がお礼お礼言わないと…身体を動かすのつらいつらいはずなのに、私のためにお弁当作ってきてくれてありがとうございます」
「う、うん」
 お礼を言われることじゃないんですけど、でも夏梛ちゃんからはっきりお礼を聞けたのが嬉しくってうなずいちゃいます。
「それにそれに、走るのだって無理を無理をする必要はないんですし、麻美のペースでゆっくりゆっくり慣れて慣れていけばいいんです」
「うん、ありがと、夏梛ちゃん。夏梛ちゃん、とってもやさしいね…大好き」
「あぅあぅ…と、とにかくとにかく、お弁当にしませんか?」
 夏梛ちゃんの気遣いに微笑みかけると、彼女は赤くなっちゃいました。
「うん、そうだね、夏梛ちゃん」
 そんなかわいらしい姿を見ると筋肉痛も忘れて幸せになってきちゃいます。
「それにしても…麻美のポニーテール姿なんて今日はじめてはじめて見ましたけど、とってもとっても新鮮新鮮です」
 と、話をそらすかのようにそんなことを言われました。
「えっ、そうかな? 走るときに邪魔にならない様に束ねてみたんだけど…そういえば、髪を束ねたりするのってはじめてかも」
 言い換えれば、今までは髪が邪魔に感じられるほど運動をしてこなかった、ということになりますけれど…。
「今の麻美も、なかなかいい感じです」
「わっ、そ、そうなんだ…じゃあ、これからも色んな髪型にしてみよっか?」
 もう長い間髪型はずっと同じでしたからそれを変えるなんて思いもしなかったのですけれど、夏梛ちゃんが喜んでくれるのでしたら…。
「…いえ、何もないときは普段の普段のままでいいと思います。いつもの麻美がやっぱり一番一番きれいですから」
「わっ、夏梛ちゃん…」
「あっ、えとえと…ほ、ほらほら、お弁当を食べるんですから、公園にはやくはやくいきましょう…!」
 真っ赤になって早足になっちゃう夏梛ちゃん。
 筋肉痛の私にはそれについていくのは少しきつかったですけれど、でも…いつもの私が一番だなんて、やっぱり嬉しくなっちゃいますよね。

 今日もいいお天気な中、公園で夏梛ちゃんと一緒にお弁当…彼女にもおいしく食べてもらえてよかったです。
 午後は、食べてすぐに運動というのもつらいですし、それに私が筋肉痛だっていうこともありのんびりお散歩くらいで歩くことにしました。
「麻美、大丈夫大丈夫です? 歩くの、つらくつらくありません?」
「うん、大丈夫。こうやって夏梛ちゃんが手を繋いでくれてるし」
 並んで歩く私たちの手はしっかり繋がれていて、彼女が私のことを気遣ってくれることといい、幸せで痛みも忘れられます。
「べ、別に別に、それは関係関係ない気がしますけど…」
 夏梛ちゃん、顔を赤くして恥ずかしそうにしちゃったりして、かわいいんですから。
「それに…昨日も私と同じだけ走ったのに、夏梛ちゃんは全然筋肉痛にならないんだね。そういえば全然息切れもしてなかったし…」
「それはまぁ、麻美とは違って私は昔からしっかりしっかり運動してましたから」
「そっか…夏梛ちゃんはダンスするの好きだし、身体を動かすことそのものが好きなんだね」
 普段のゴスいおよーふく姿だとちょっとイメージが違う気もしますけれど、とにかくそんな元気で活発な彼女もかわいく微笑ましく感じられちゃいます。
「まぁ、確かに好きではありますけど、必要必要だから昔からしっかりしっかりやってきて、それでっていうところも大きい大きいでしょうか」
 と、そんなお返事が返ってきて、首をかしげそうになりますけれど…。
「あっ、夏梛ちゃんは昔から声優さんとアイドルを目指してて、それで…」
 私は声優としての活動しか考えていませんでしたけれど、彼女はそうですものね…しかも、私よりもはやくにその目標へ向けて行動していそうです。
「そういうことで間違って間違ってはいませんけど…子供の頃に舞台活動してましたのも、今みたいな将来将来のためでしたし」
「そっか、やっぱり…って、えっ? 夏梛ちゃん、それってどういうこと?」
「わわっ、麻美ったら、急に急に立ち止まらないでください」
 つい私が足を止めちゃったものですから、手を繋いでいる彼女まで引き止める様になっちゃいました。
「あっ、ごめんね、夏梛ちゃん。でも、今の夏梛ちゃんの言葉にびっくりしちゃって…子供の頃に舞台活動、ってどういうこと?」
「どういうって、そのままそのままの意味です。私、小学生の頃から劇団に入って入っていましたし、学校もそういう専門的なところに通って通っていましたから、そういうところで運動もしっかりしっかりしていたんです」
 何とか再び歩きはじめる私たちですけれど、私はといえばさっき以上にびっくりしちゃってまた思わず立ち止まりそうになるのを何とかこらえます。
 だって、まさか今まで聞けなかった夏梛ちゃんの、しかも普通にびっくりしちゃう様な過去をこんなタイミングで耳にするなんて心の準備が全然できていませんでしたから。
 私の知らなかった彼女のことを知れたのは嬉しくもありますけれど…不安にもなってきちゃいます。
「えと、夏梛ちゃん、昔のこと…私が聞いてよかったの?」
「えっ、どうしてどうしてです?」
「だって、この間…私に会うまで他の人に興味が、って話してた夏梛ちゃんが、ちょっとつらそうだったから」
 私の脳裏に浮かんだのは、あの日のちょっと陰が入っちゃった彼女の顔…。
「それってそれって…麻美が大泣きしちゃった日のことですか?」
「…はぅっ、そ、それは…!」
 そう、その日は私がお仕事を失敗しちゃったって思ってあの子に泣きついちゃって…うぅ、思い出したら恥ずかしくなってきちゃいました。
「麻美ったら、そんなに顔を赤く赤くして、かわいいかわいいです」
「も、もうっ、そんなこと…!」
 夏梛ちゃんが微笑ましげな目を向けてくるものですから、ますます恥ずかしくなってきちゃいます…けれど。
「えっと、夏梛ちゃん…さっきの話、本当によかったの?」
「大丈夫大丈夫ですよ? 確かに確かに進んで話したいことってわけではありませんけど、私の過去には麻美が想像していそうな大変大変なことなんてありませんし…この間は話そうとしたら麻美のほうから話をすり替えすり替えてきたんじゃないですか」
 あのときは夏梛ちゃんの様子に陰を感じましたのでそうしたのですけれど、今の夏梛ちゃんはやっぱりいつもと変わりなくって話しづらそうな様子は見られません…あのときも、私が少し気にしすぎていたのでしょうか…。
「ですです、麻美は不安不安になりすぎです。この間も言いましたけど…そのその、私が恋したのは麻美にだけなんですし…」
「わ、夏梛ちゃん…」
 またちょっと心を読まれたみたいでしたけれど、それ以上に彼女が恥ずかしそうに小声で口にした言葉に嬉しくなっちゃいます。
「え、えとえと…とにかくとにかく、前には麻美の学生時代のことを聞かせて聞かせてもらいましたし、今度は今度は私の番です。でもでも、麻美が私のことなんて別に別に知りたくない、っていうのならやめてやめておきますけど…」
「ううん、そんなことない…私、夏梛ちゃんのことなら何でも知りたいもん」
 確かに以前は私の知らない彼女の過去を想像して不安になることもありましたけれど、今ではあの頃よりもさらに強く彼女と繋がっていますからそんなことはありません。
「だから、夏梛ちゃんがいいっていうなら…聞かせてほしいな」
 ちょっと強く手を握り、あの子を見つめながらそう言葉をかけたのでした。


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