第五章

 ―少し前にあった、私の母校での学園祭ライブ。
 山城センパイは里緒菜さんと一緒にそれを見にきてくださっていて、そしてそれを見てあんなこと…里緒菜さんとユニットを組んでみたい、と思われたみたいでした。
 里緒菜さんも少なからずそう感じていらしたみたいで…声優としてはあまり表に出たりはされないお二人なのですけれど、一度だけユニットを組んでステージに立つことになったのです。
 その一度きりのステージの場となるのが、この町にある里緒菜さんが通っている学校の学園祭だといいます。
 ただ、同じ学園祭ライブとはいっても、私と夏梛ちゃんのものはお仕事でしたけれど、お二人のはそうではなくって、あくまで生徒の里緒菜さんの出し物、ということみたいです。
 ですから、お仕事でした私たちはそれへ向けてのレッスンがお仕事の時間内でいただけましたけれど、お二人にはもちろんそういった時間はございません。
「夏梛ちゃん、それに麻美ちゃんも、お疲れさま」「…お疲れさまです」
 お二人がライブをする、とうかがった翌日、私と夏梛ちゃんが事務所のダンスルームでユニットとしての練習をしていますと、その先日の様にお二人がご一緒にやってきました。
「二人とも、今日の練習はもうおしまい?」
「えとえと、はいです、いただいている時間はちょうどちょうどおしまいですけど、もう少し練習練習していこうかって思ってます」
 もしかすると、昨日みたいに私たちの練習風景を参考に見にいらしたのでしょうか。
「そっか…う〜ん、じゃあ私たちはお邪魔になっちゃうかな」
「いえいえ、そんな、昨日もいらしてましたし、そんなの全然全然…」
 夏梛ちゃんも私と同じ様に思ったみたいで、そうお返事をします…と。
「あっ、ううん、そうじゃなくって、今日はここを使わせてもらおうかな〜、って」「一応、今日はこの時間以降ダンスルーム使用予定が何も入っていなかったみたいだから」
「えっ、それって…」「お二人がここを…ダンスの練習練習する、ってことです?」
「まぁ、ね? 私も里緒菜ちゃんもそういう経験はないわけだし、いくらお仕事じゃないとはいってもやるって決めた以上はちゃんと練習して人に見せても大丈夫な様にならなきゃ…ね、里緒菜ちゃん?」「はぁ…面倒ですけど、仕方ありません」
 あっ、そういうこと…練習をしたいけど、お仕事じゃないからここの空いている時間に、ということでしたか。
「えとえと、そういうことでしたら、私たちはお邪魔になりますよね」「私たちはさっきまで練習できたし、今日はもう帰ろっか、夏梛ちゃん?」
「あっ、待って待って。そんな、二人が帰ることなんてないって」
 帰ろうとする私たちを山城センパイが呼び止めてきました。
「私たちはお仕事と関係ないことで使おうとしてるんだし、遠慮するのは私たちのほうだって。それに…こんな広いんだし、どっちかしか使っちゃいけない、なんてことはないんじゃないかな」
 山城センパイのおっしゃるとおり、いくら小さな事務所とはいえダンスルームは身体を動かす場所ですからそれなりの…二組が同時に練習するくらいでしたら十分な広さがあります。
「だから、私たちも一緒に使わせてもらいたいな」「もちろん、お二人がよければ、ですけど」
 もちろん私たちに異存はありませんから、お二人の言葉にうなずいたのでした。
「よ〜しっ、じゃあ頑張ろ、里緒菜ちゃんっ」「もう、ほどほどにしてくださいね」
 お二人はさっそく上着を脱いで動きやすい服装になって、準備運動をはじめます。
 ダンスルームに予定の入っていない時間帯、となるともう外が真っ暗なことからも解る様に遅い時間になってしまうわけですけれど、それでもお二人はやる気十分に見えます。
 その様な時間帯にお仕事ではないのに頑張る姿は、お二人からすれば想い合う者同士で楽しめれば、っていう気持ちなのでしょうけれど、でもやっぱりえらいなって感じられて、昨日あれから夏梛ちゃんと話したことへ対する思いをより強くさせます。
「麻美、あのことお二人に言います言いますけど、いいですか?」
「うん、もちろんいいよ、夏梛ちゃん」
 ですから、夏梛ちゃんの言葉にうなずきます。
「あのあの、すみれセンパイ、それに里緒菜さんも、ちょっとちょっといいですか?」
 夏梛ちゃん、さっそくお二人に歩み寄って声をかけますから、私もそれについていきます。
「あれっ、二人ともどうしたの?」「やっぱり私たちが邪魔でしたか?」
「いえいえ、そうじゃなくって…もしお二人がよければ、私たちで練習のお手伝いしましょうか?」
「えっ、練習の…?」「それって…どういうこと?」
 夏梛ちゃんからの提案に、お二人とも首を傾げてしまわれました。
「はい、振り付けとか、私と麻美とでちょっとちょっとくらいでしたらお教えしたりできるかと思いまして…」「あ、あの、後輩の私たちが何かを教える、なんておこがましいかもしれませんけれども…」
「ううん、そんなことない、とっても嬉しい…ありがとっ」
 山城センパイは満面の笑顔でお礼を言ってくださって、何だかこちらが恐縮してしまいます。
「でも、本当にいいの? こんなのってセンパイの道楽で、二人には全然関係ないのに」「わっ、ぶぅぶぅ、里緒菜ちゃんったらひどい…けど、うん、夏梛ちゃん、麻美ちゃん、本当にいいの?」
「はい、もちろんもちろんです」「私たちでよろしければ、お手伝いをさせてください」
 迷うことなくそうお返事をする私たち…こうしようということは、昨日決めていたんです。
 私と夏梛ちゃんの様な関係の山城センパイと里緒菜さん…そのお二人が頑張っている姿を見て、お仕事ではありませんけれど、むしろそれだからこそ応援したい、何かお力になりたいと感じたんです。
 お二人がしようとされていることが、私たちが普段お仕事でしていることとなれば、なおさらです。

 ということで、主に夜になりますけれど、お二人がダンスルームの空き時間を使って練習をするときには、私たちも予定が合えばお付き合いをすることになりました。
 お二人とももちろんアイドルユニットなどの経験はなくって、でも歌は声優として必要な要素の一つになっていますから特に問題はない…ううん、私よりも上手かなって感じます。
 けれど、ダンスのほうは普段されることはないわけですから、私たちで振り付けなどを教えたりします。
 夏梛ちゃんはともかく私などで他のかたの指導など、とも思いますけれど、山城センパイは元々運動神経がいいですし学生時代には演劇部に入っていらしたそうですからはじめから普通にこなすことができまして、里緒菜さんも天才肌のかたですから私などよりずっと飲み込みがはやいです。
「うん、ここは一緒のポーズにしたいな…こんな感じっ」「…そうですね、悪くありません」
 それに、想い合うお二人ですから息もぴったりです。
 あと、ステージに立つ上で必要ないくつかのことについて、曲は如月さんなどの計らいでお二人がご一緒に出演されているアニメの主題歌を使わせていただけることになって、また衣装も美亜さんがご用意してくださるといいます。
「みんなにこんなにしてもらえたんだし、もっと頑張って練習しなきゃ」「…まぁ、失敗はできませんね」
 色々な準備が順調に進む中、お二人の練習にもますます熱が入ります。
「私も、もっと頑張らなきゃ」
 そうしたお二人を間近で見てお手伝いをしていますと、より強くそう思います。
「そうですか? 麻美は十分十分頑張ってるって思うんですけど」
 私のすぐお隣でお二人の練習風景を見守る夏梛ちゃんがそんなこと言ってくれます。
「ありがと、夏梛ちゃん。でも、私なんてまだまだだよ?」
 声優としてもそうですし、ユニット活動のほうはなおさら…これからも夏梛ちゃんの隣にいられる様に、しっかりしなきゃ。
「もうもう、麻美はえらいえらいですね」
 と、夏梛ちゃん、少し背伸びをして私の頭をなでなでしてくれるものですから、ほわんってなっちゃいます。
「ではでは、また明日から、私の時間が空いて空いてるときには一緒に一緒に練習しますか?」
「…わぁ、夏梛ちゃん、いいの?」
 私より夏梛ちゃんのほうがずっと忙しいっていうこともあって、最近はきちんとしたレッスンの時間以外は一人で練習していて、夏梛ちゃんと一緒に過ごす時間はのんびりしてもらっていたのだけれど…。
「もちろんもちろんです。私だってまだまだ、もっともっと頑張らないとですし、それにそれに、麻美と練習するのは楽しい楽しいですし…麻美の力になれたりしたら、さらに嬉しい嬉しいですし」
 夏梛ちゃんがこう言ってくれているんだし…遠慮しなくって、いいよね?
「うんっ、夏梛ちゃん、ありがと…とっても嬉しいっ」
「…むぎゅっ! あぅあぅ、麻美ったら、別に別に…!」
 気持ちが抑えられなくって、思わず彼女のことをぎゅってしちゃいました。
「夏梛ちゃんが私のことを想ってくれてる、そのことがたくさん伝わってきて…夏梛ちゃん、大好きっ」
 さらにぎゅってしちゃったりして…もう、愛しい気持ちが抑えられません。
「ふふっ、やっぱり二人はとっても仲良しだね…羨ましいなぁ」「…私たちは人前であんなことしませんからね、センパイ?」
 と、すぐ近くから声が…見ると、いつの間にかお二人が練習を中断して私たちのそばへきていました。
「全く…そういうことは誰もいないところでしてもらいたいものよね。本当、バカップルなんだから」
「あ…えと、ごめんなさいっ」
 里緒菜さんに冷ややかな視線を向けられて、慌てて夏梛ちゃんから離れます。
 山城センパイは気にしなくっていい、っておっしゃってくださいましたけれど、お二人が頑張って練習している中で失礼でしたよね…気をつけないと。
 でも、夏梛ちゃんと一緒にお仕事の時間外に練習…うん、頑張らなきゃですけど、やっぱりそれ以上に楽しみになってきちゃいます。


次のページへ…

ページ→1/2/3/4/5

物語topへ戻る