それから里緒菜さんがどうなったのか…それは数日後、意外なかたちで解ることになりました。
 その日は私と夏梛ちゃん、ユニットとしてのレッスンの時間を取っていただけましたから、事務所のダンスルームで一緒に練習です。
「二人とも、お疲れさまっ」「なかなか頑張ってるみたいね」
 今日はダンストレーナーのかたにレッスンをしていただけたのですけれど、そのかたがお帰りになって少し自主的に練習していこうかなとしたとき…そのかたと入れ違いに、山城センパイと里緒菜さんのお二人が入ってきました。
「二人とも、今日はもう練習終わり?」
「あっ、いえいえ、これから二人で練習練習しようと思ってますけど、それがどうかどうかしましたか?」
「うん、二人の練習風景を見学させてもらおうかな、って。いい?」
「えとえと、それは大丈夫大丈夫ですけど…」
 山城センパイの申し出に、お返事をした夏梛ちゃんだけじゃなくって私も少し戸惑っちゃいました。
 いえ、かのかたが私たちの練習を見ていく、ということは別に珍しくないことなのですけれど…。
「ん、ありがと。じゃ、ここに座らせてもらお、里緒菜ちゃん」「はい、そうですね」
 そんなやり取りどおり、ダンスルームの端にある椅子に里緒菜さんも座って…彼女が私たちの練習、しかも声じゃなくってダンスの練習を見ていくなんて、はじめてのことの様な気がします。
「あれっ、二人とも、どうしたの?」「ほらほら、私たちのことは気にしないで…空気と思ってくれていいから」
「あっ、は、はい…ではでは麻美、はじめましょう」「う、うん、そうだね、夏梛ちゃん」
 …っと、いけません、お二人は私たちみたいにお付き合いされていらっしゃるんですから、一緒にいらっしゃるのは自然なことですよね。
 気を取り直して練習をはじめますけれど…うぅ、なぜかとっても緊張しちゃいます。
 山城センパイだけでしたら、いえそれどころかステージでもこれほどではありませんかも…やっぱり、普段こういうことをしない里緒菜さんにこんな近くで見られているからでしょうか。
「…へぇ、やっぱり実際にアイドルとしてやってるだけのことはあるのかもね」
 そんな私と夏梛ちゃんのダンスを見て里緒菜さんがそう言ってくれたのが聞こえて…まずは一安心、でしょうか。
 でも気を緩めてはいけませんし、対して緊張は少し緩んできましたから、このまましっかり練習を…。
「どう、里緒菜ちゃん? 参考になりそう?」
「何とも言えませんね、実際にやってみないと…そういうセンパイはどうですか?」
「う〜ん、そうだね…私も実際にやってみないと解んないかも」
 と、お二人がそんなことを話しているのが聞こえました…?
「えとえと、麻美、待って待ってください…あのあの、何が何の参考になりそうなんです?」
 やっぱり夏梛ちゃんも気になったみたいで、練習の手を止めてお二人へ歩み寄っていきますから、私もついていきます。
「あっ、うん、夏梛ちゃんと麻美ちゃんの練習が、私たちの参考になるかな、って」
 山城センパイがそうおっしゃいますけれど…う〜ん?
「…センパイ、お二人とも理解できていないみたいですけど」
「え〜と、そうみたいだね…つまり、私と里緒菜ちゃんが二人みたいなことするにあたって、ね?」
 私たちみたいなことって、お二人も立派な声優なのに…いえ、今の私たちを見にいらしたということは…。
「…えっ? すみれセンパイと里緒菜さん、アイドルになるんです?」
 つまり驚きの声を上げちゃった夏梛ちゃんの言葉通り、ということですよね…私も驚いちゃいました。
「まさか、そんな面倒なことするわけないわよ」
 …あれっ、そ、そうなんですか?
「でも、私とそんなことしたい、ってこっそりダンスの練習してたセンパイがあまりにかわいかったから、仕方なく一度だけ真似事してあげることにしたの」
「わっ、り、里緒菜ちゃん、そのことは…って、元々麻美ちゃんに見つかっちゃってたんだっけ…」
 それって先日のこと、ですよね…里緒菜さん、あれからあの光景を見ることができたみたいです。
「あっ、えっと、里緒菜さんから聞いたのですよね…ごめんなさい、黙って見ちゃって…」
「ううん、いいって、元は私のほうが、麻美ちゃんがあの森で練習してるとこ声もかけずに見ちゃってたわけだし」
 山城センパイがあの場所を使う様になったのは、私が練習で使っているのを偶然見かけてそれで、とのことでした。
「それに、見られたりして恥ずかしかったのは確かだけど、おかげで里緒菜ちゃんと一度でいいからユニット組む、って夢が叶ったし…うんうん、ありがと」
「い、いえ、そんな、私は…」
 本当に何もしていませんし、笑顔でお礼を言われると恐縮してしまいます。
「全く、そんなことが夢だなんて、すみれは大げさなんですから」
「もう、そんなことないのに、里緒菜ちゃんは…ぶぅぶぅ!」
 呆れた様子な里緒菜さんに山城センパイは少し怒った様子になります…けれど。
「…里緒菜さん、何だかとてもとても楽しそうですよね」「あ、うん、やっぱり夏梛ちゃんもそう見えるよね」
 私たち、そうささやきあっちゃいますけれど、あんなことを言っていてもお二人とも笑顔で楽しそうなんです。
 しかも里緒菜さん、山城センパイのことをお名前で、しかも呼び捨てにしていらっしゃいました。
 これってやっぱり、里緒菜さんもアイドルなことを山城センパイとするのが楽しみ…と思っていらっしゃるということですよね。
 そんなお二人を見ていますと微笑ましくって、それに応援したくなってきちゃいます。


    (第4章・完/第5章へ)

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