そうして、山城センパイがあの場所で練習をしているところを私が見ちゃった、ということは当の本人には伝えないままになっちゃいました。
 そんなことのあった翌日…今日は夏梛ちゃんが単独でお仕事があって、対して私は予定が空いていることもあり、秋晴れの中先日山城センパイのお姿をお見かけしたあの神社へやってきました。
 目的は今日はお仕事のご予定がないはずですからいらっしゃるかもしれない山城センパイのことをまた見るため…ではもちろんなくって、いつも通りに私自身が練習をするためです。
 ですから、夏梛ちゃんの無事を祈ってお参りをしてから、いつもの練習場所へ向かおうと…。
「ちょっ…どこに行くの? はやまらないで!」
「…きゃっ!?」
 と、不意に声がかかってきたものですから、びくっとしながら足を止めて声のしたほうを見てみます…って?
「えっ、片桐さん…ど、どうされましたか?」
 そう、参道にいらしたのは片桐さんでした。
「いやいや、思いつめた表情で森に入っていこうとするから」
「…えっ? あ、あの、私、そんな表情していましたか…?」
 私としては、夏梛ちゃんがお仕事頑張っているんですから私も、と張り切っているつもりだったのですけれども…。
「…うん。ダメだよ、あんまり無理しちゃ」
「あ、えっと、心配してくださってありがとうございます、片桐さん。私は大丈夫ですから」
「そ、そう、ならいいんだけど」
 安心していただくために微笑みかけますと、彼女は少し照れた様子になりました。
「…ところで、ずっと気になってたことがあるんですけど…片桐さん、って呼びかた、堅苦しいし名前で呼んでくれていいですよ?」
「…えっ? えっと、でも…」
 話題をそらせるかの様な言葉に、私は少し戸惑ってしまいました。
「まぁ、別に無理はしなくていいけど、そのほうが嬉しいってだけだし…あと、そもそも私のほうが後輩ですしね?」
「でも、それは年齢の話で、声優としては片桐さ…り、里緒菜さんのほうが先輩さんですよ?」
 お名前のほうが嬉しいとおっしゃりますし、そちらでお呼びしてみます。
「…一ヶ月だけらしいですけどね」
「一ヶ月でも、先輩さんは先輩さんだと思います」
 里緒菜さんは高校生で、年齢は確かに私のほうが上になりますけれど、声優さんとしての活動は彼女のほうが長いわけです。
「…年下の先輩ができるってどういう気分なの? 少し気になるんだけど」
 と、そんなことをたずねられてしまいました?
「えっ、どういう、って…う〜ん、私は特には、普通に受け入れてますけれども…」
 学校ではありませんし、年齢は関係ありませんよね…学生で声優さん、というかたも最近多いですし。
「…麻美さんは私の中で天使認定されました」
「…えっ? あ、あの、どうしてそんな突然…しかも、天使ってどういう…?」
 あまりに唐突で不思議な言葉におろおろしてしまいます。
「まぁ、人生は長いので、色々あるんです…多分」
「そ、そう、なのでしょうか…?」
 よく解りませんけれども…天使だというのでしたら、私などより夏梛ちゃんのほうがずっとそうですよね。
「あの、ところで、里緒菜さんは今日はこちらでどうされたのですか?」
 よく見なくっても彼女お一人みたいですし、気になってたずねてみました。
「ええ、昨日の麻美さんが言っていたことの真偽を確かめようと思って…」
「それって…あっ、山城センパイがここの神社で練習をしている、ということについてですか?」
「そうそう、今日のセンパイがフリーだっていうことは解ってるし、今の私は仕事中、ってことにしてあるから、センパイの練習…ううん、ダンスの真似事なんてしてる姿を見られるんじゃないかな、って」
「え〜と、つまり…そういうところをこっそり見ようと、そういうことですか?」
「そう、そんなセンパイ…とってもかわいらしそうだもの」
 それは否定できないでしょうか…恋人さんでしたらなおさら見たくなりそうです。
「でも、こんな森の中でだなんて、ちょっと信じにくいんだけど…麻美さん、センパイがいるのはこっちでいいの?」
「は、はい、そのはずです」
「そう、ありがとう…じゃあね?」
 そうして里緒菜さんは森へ入っていってしまいました。
 何だか今日はお名前で呼ぶことになったりと、里緒菜さんとの距離が縮んだ気がしますけれど、先日の私が見た様な光景、見ることができるのでしょうか…少し気になりつつ、私も自分の練習へ向かいました。


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