「夏梛ちゃん、今回も本当にお疲れさま…まずはゆっくりして」
 数日後、無事にお仕事を終えて帰ってきてくれた夏梛ちゃん…そんな彼女を出迎え、一緒に行きつけの喫茶店に行って向かい合って席へつきました。
「ありがとうございます。でもでも、そういう麻美も私がいない間にラジオの収録とか頑張ってたみたいですし、お疲れさまです」
 そう言ってくれる夏梛ちゃんは笑顔で、特に疲れた様子などは感じられません…うん、よかった。
「そんな、私なんて夏梛ちゃんに較べたら全然だよ?」
「そんなそんなことないと思いますけど…でもでも、最近の麻美は一人にしても心配心配ないですね。私がはじめてはじめて東京へお仕事に行ったときには練習とか全然全然身が入っていないものでしたけど」
「それは、今はもう夏梛ちゃんと私の想いが一つだから…あっ、でも、わざと私を一人にするとか、そんなことはしないでね?」
「もうもう、そんなの…私だって、麻美とはなるべくなるべく一緒に一緒にいたいんですから、当たり前です…!」
「うん…ありがと、夏梛ちゃんっ」
 真っ赤になっちゃう夏梛ちゃんがかわいくって、そして彼女の言葉が嬉しくって満面の笑顔を向けちゃいます。
「うふふっ、お二人とも、相変わらず仲がいいわね。見ているこちらも幸せになるわ」
 幸せな気分に浸っていると、店員さんの服装をした女のかたがにこやかに話しかけてきました。
「いつものと、あと今日はサービスでケーキもつけてあげるわね。では、ごゆっくり」
 テーブルに紅茶とケーキを置いてカウンタへ戻っていく、いわゆるお姉さまな雰囲気をしたその人は藤枝美亜さん…先日お会いした藤枝さんの実の姉で、彼女もまたあの学園の卒業生です。
「あぅあぅ、やっぱりやっぱり恥ずかしい恥ずかしいです…」
「もう、夏梛ちゃんったら、いつものことなのに」
 美亜さんは妹さん同様に百合が大好きで、そういう関係な人たちを見るのも大好き…ということで、今も私たちのことをあたたかく見守っています。
「ほら、それより、お茶でも飲んでのんびりしよう、ね?」
「そ、そうですね…」
 美亜さんの淹れたおいしいお茶を飲んで、あの子も少し落ち着いたみたい。
「えとえと、それでそれで、私のほうはここへくるまでにお話ししたとおりでしたけど、麻美のほうは何か何か、変わったことありました?」
 これも美亜さんが作ったらしいケーキを口にしながらあの子がそうたずねてきました。
「うん、私のほうはいつもどおり…あっ、そういえば神社で山城センパイのことを見たっけ」
 先日のあの森でのことが浮かびます。
「すみれセンパイですか? 確か確か、ジョギングで神社に寄ってるっていいますし、そう珍しい珍しいことじゃない気がしますよ?」
「ううん、それがね、私みたいにあの森の中で練習してて…」
「あっ、すみれセンパイもそこを使って使ってましたか…それは知らなかったです」
「うん、でもそれだけじゃなくって…お一人で練習してたんだけど、なぜかダンスの練習もしてたの」
「ダンス…って、ひょっとしてひょっとして、誰かとユニットでも組むんですかね?」
 首をかしげるあの子ですけど、山城センパイっていったら声優さんのお仕事だけ、しかもイメージがつくといけないからって人前に出ないかたですから、不思議に思うのも当然です。
「あっ、えっとね、『里緒菜ちゃんとこんなことできたらなぁ…』なんて呟いたりしてたっけ。何だか声をかけづらくって、引き返したんだけど…」
 先日目にしたのはそんな光景で、完全に一人の世界に入っちゃってましたしお邪魔できませんよね。
「きゃーきゃー、センパイ、かわいすぎじゃないですか! それはちょっと意外意外な一面かもです」
 ううん、かわいいのはそんな声をあげちゃう夏梛ちゃんの気がします…けれど。
「うん、山城センパイがそんなことするのは意外だけど、やっぱり大好きな人と一緒に活動してみたい、って思うものなんだね…夏梛ちゃんっ」
「はぅはぅ、わ、私たちのことは別に別にいいんです。今は今はすみれセンパイと里緒菜さんのことを…」
「…私とセンパイが、どうしたのよ?」
 と、私たちのすぐそばから聞き覚えのある声が…って?
「…きゃっ、か、片桐さんっ?」「はわはわ、いつの間に…!」
 テーブルのそばにまさに今話題にしていた片桐さんの姿がありましたから、夏梛ちゃんともども驚いちゃいます。
「いつの間に、って…今きたところだけど。そうしたら貴女たちが私とセンパイのこと話してたみたいだから…」
 はぅ、夏梛ちゃんとの会話に夢中になっていて全然気づきませんでした…。
「センパイは…まだきていないみたいね。私たちのいないところで、一体何を話してたの?」
 山城センパイはここでアルバイトをしていらして…なぜか私がお会いする機会は少ないんですけれど、片桐さんは山城センパイに会うためにここへきたのですよね。
 でも、今の私たちへ向ける彼女の視線はかなり冷たくって…はぅ、言葉が出てきません。
「えとえと…里緒菜さんってすみれセンパイと一緒にアイドルデビューしたりするんです?」
「…え? どうしてそんな話になるのよ?」
 と、夏梛ちゃんの言葉に片桐さんは首をかしげちゃいました。
「あれっ、この反応って…」「何も何も知らないみたいです?」
「だから、何のことよ。解る様に説明しなさいよね?」
 戸惑う私たちに彼女も戸惑って…ですから、先日私が見たことについて話してみます。
「センパイが一人でそんなこと…それ、私も見てみたいわね」
 話を聞いた片桐さんはそんなことおっしゃって、やっぱり何も知らないみたいです。
「ではでは、すみれセンパイと里緒菜さんがアイドルデビューする、ということは…」
「私がそんな面倒くさいことするはずないじゃない」
 即答されてしまいましたけれど、片桐さんにはそういう、少し面倒くさがりやさんなところがあるみたいなんです。
「じゃあ、私が見たのって…」「すみれセンパイの純粋純粋な願望、ということみたいですね…」
 それはそれで、夏梛ちゃんが言ったみたいに何だかかわいく感じられちゃうかも。
「ふぅん、センパイがそんなこと思って…」
 一方の片桐さんは、そう呟くと何か考え込んだ様子になります。
 どうしたのでしょう…やっぱり、好きな人の知らない一面を私がこっそり見てしまったりして複雑な気持ちになってしまったのでしょうか…。
「あ、あの…」
 恐る恐る声をかけようとします…けれど。
「あっ、里緒菜ちゃん、今日はもうきてたんだ…はやいねっ」
 明るく元気な声とともに、片桐さんの隣に山城センパイが現れました。
「センパイ、こんにちは…はい、今日は短縮授業でしたから」
「そっか…って、夏梛ちゃんと麻美ちゃんもきてたんだ。みんなで何話してたの?」
「え、えとえと…」「あ、あの…」
 片桐さんは話題にしていた人の突然の登場にも平然とした様子ですけれど、私たちは少しあたふたしてしまいます。
 ど、どうしましょう…と、そんな私と夏梛ちゃんに対して、片桐さんは目配せして何かを伝えようとしてきます?
「それは…秘密、です」
 片桐さん、さらにそう言って山城センパイに微笑みかけたりして…言わないでほしい、ということですね。
「う〜ん、気になる。それに、里緒菜ちゃんが私に隠し事するなんてちょっとさみしい…けど、それ以上に嬉しいかも」
「…嬉しい? どうしてですか?」
「だって、そういう内緒のお話ができるくらい夏梛ちゃんや麻美ちゃんと仲良くなった、ってことだよね。うんうん、よかった」
「…別に、センパイが喜ぶことじゃないと思うんですけど。それに、私がお二人と仲良くなったなんて、センパイの気のせいかもしれませんよ?」
「またまた、そんなこと言って」
 あんなこと言う片桐さんですけれど、でもその様子は楽しげに見えて…山城センパイのことが好きなのですね、って伝わってきます。


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