私の母校での学園祭ライブ、という一大イベントも終わって、いつもどおりの日常が戻ってきました。
「夏梛ちゃん、気をつけて行ってきてね?」
「はい、ありがとうございます…でもでも、麻美こそです」
 駅で電車へ乗ろうとする夏梛ちゃんをお見送り…これから数日、彼女は東京でお仕事です。
 ユニットとしてのお仕事でしたら私も一緒に行けますけれど今回は声優としてのお仕事で、そうなるとすでに売れっ子な夏梛ちゃんに対して私がお留守番になることが多くなるのは仕方ありません。
 離れ離れになってさみしくない、と言えば嘘になりますけれど、でもお互いの想いは解り合えていますし、大丈夫です。
「いってらっしゃい、夏梛ちゃん…ちゅっ」
 でも、愛しい彼女のぬくもりを別れる前に少しでもたくさん感じたくって、口づけでお見送りしちゃいます。
「あ、麻美ったら、こんなこんなところで…あぅあぅ、い、いってきますっ」
 そんな私にあの子は真っ赤になっちゃいながら電車へ乗るのでした。

 夏梛ちゃんがいない日々…といっても、気を抜いたりしているわけにはいきません。
 私のほうも一応こちらで収録などありますし、そうでなくっても…あちらで夏梛ちゃんが頑張っている中、そして先日お会いした子みたいに私のことを応援してくださる人がいるのに何もしないで過ごすとか、そんなことはいけません。
 ですから、収録などない時間はなるべく練習をして少しでもあの子に追いついたりファンのかたの期待に応えられる様になりたいですけれど、事務所のスタジオなどはいつでも使えるというわけではありません。
 そういうときは…ということで、今日も晴れていましたから、海沿いにある神社へやってきました。
 先日お参りした神社より大きなそこも周囲を広い森に包まれていまして、その中には人が入ってくることもありませんから、今日の様なお天気の日にはその中で練習をさせてもらっているんです。
 森の中とはいっても外ですから多少落ち着かないところはありますけれど、そこはもう慣れましたし、それにここは出会ったばかりの頃の私と夏梛ちゃんが毎日の様に練習に使った思い出の場所でもありますから。
 そのときに私は眠っている夏梛ちゃんへつい口づけをしてしまって、それがお互いのファーストキスで…って、いけません、想い出に浸っていないでちゃんと練習しなきゃ。
 まずは夏梛ちゃんの無事を祈ってお参りをして、それから参道の一角のいつもの場所から森の中へ…。
「…って、あれっ?」
 入ろうとしたのですけれど、そんな私の目にあるものが留まってちょっと固まっちゃいました。
「今のって…私の気のせい、でしょうか」
 それはすぐに森の中へ消えちゃいましたし、その可能性もありますけれど…?
「あら、麻美さん、こんにちは…お久しぶりです」
 と、少し考えているうちに私のそばへ一人の女の人が歩み寄ってきていらして声をかけてきました。
「あっ、はい…こんにちは、西條さん」
「はい…けれど、麻美さん、お疲れではありませんか? 今しがたも立ち尽くしていましたし…」
 少し心配げに私を見る西條竜さんは服装からも解ります様にこの神社の巫女さんですけれど、いけません、余計な心配をおかけしてしまったみたいです。
「いえ、私は大丈夫ですけれど…その、先ほど森の中へ入っていく人影を見た気がして…。もしかして、私以外にも森の中で何かしている人がいたりするのですか?」
 そのことが気になっちゃって、いい機会でしたからたずねてみました。
「ええ、つい先日からかしら…」
 けれど、西條さんのお返事は想像していなかったもので…私はまた固まっちゃいました。

 西條さんから聞いたお話…そして森の中へ消えた、私の気のせいではなかった人影。
 どうしても気になっちゃって、私はその人影の消えた森へと足を踏み入れていました。
 ちなみに、そこは普段私が練習に使っている場所とは参道を挟んだ反対側になりますから、その人がいることによって私が練習できないとか、そういうことはありません。
 そんなこちら側の森もやっぱり広かったのですけれど、少し進んだ先…森の中に開けた小さな空間に、人影が一つ見えます。
 突然声をかけたりすることはためらっちゃいますから、静かにそちらへ近づき、そして木陰からそっと様子をうかがってみます。
「あ…本当に、あのかたが…」
 その人の姿をはっきり確認できて思わず声が出ちゃいましたけれど、そこにいらしたのは私の知っている人…山城センパイだったのです。
 先ほどの西條さんの話では、つい先日からここで練習をはじめられたそう。
 山城センパイは私よりずっと実力があって、事務所にいらっしゃるときにはもちろんご自身の練習もされていらっしゃいますけれどそれよりも他の人の練習などを見てあげているイメージのほうが強いです。
 そんなかのかたも陰ではこうしてしっかり練習していらして…私ももっと頑張らないと、って感じます。
「う〜ん、やっぱりちょっと…」
 練習の手を止めた山城センパイ、そう呟くと何か考え込んでしまいます?
 私のことに気づいた、わけではなさそうですけれど、どうしたのでしょう…気になって少し見守ってしまいます。
「やっぱり羨ましいかも…私も、里緒菜ちゃんとこんなことしたいなぁ…」
 と、そう呟いた山城センパイ、少し意外な行動を取るものですから…ますます声もかけづらいですし、私は静かにその場を後にしたのでした。


次のページへ…

ページ→1/2/3/4/5

物語topへ戻る