第四章

「…えっ、すみれセンパイと里緒菜さん、私たちのライブ、見てたん見てたんです?」「そういえば、美亜さんはいらしていたみたいですけれど、まさかお二人もだなんて…」
 ―学園祭ライブの後にいただいたお休みも終わり帰ってきて、その翌日には今後のお仕事の打ち合わせなどのために私たちの所属する事務所、天姫プロダクションへやってきたのですけれど、打ち合わせ後に話しかけてきたかたがたの言葉に夏梛ちゃんと私、思わずそんな声を上げ驚いちゃいました。
 ちなみに、藤枝さんのお姉さんでよく行く喫茶店の店員さんをしていらっしゃる美亜さんには昨日帰ってきた際にお会いしてお話ししていました。
「うん、二人とも、とってもよかったよっ」
 休憩室の席へ隣り合って腰掛けた私と夏梛ちゃんへ、テーブルを挟んで向かい側に座るお二人のうちのお一人が笑顔でそう言ってきました。
 高めの背に短めの髪をされ快活な印象を受ける、私たちより少し年上なその人は山城すみれさんといって、この事務所での先輩のお一人…私の学生時代の頃から、いくつかの作品でお名前をお見かけしておりました。
「そ、そうですか? 前に歌って歌っていた人のほうが上手上手だったかもですけど…」「うん、そうだよね…草鹿さんを見た如月さん、ここの事務所からデビューさせようかって真剣に考えてましたし…」
「そんなことないんじゃない? それに、貴女たち二人が観客へ届けるのは、歌だけじゃないんだし…アイドル、なんでしょ?」
 夏梛ちゃんや私の言葉にそう言ってくださったのは、山城さんの隣に座る女のかた。
 長い黒髪をしてクールな雰囲気を漂わせたその人は片桐里緒菜さんといって、制服姿なことからも解ります様にここの近所にある高校へ通う高校生なのですけれど、声優としては私たちよりも少し先輩です。
「うんうん、里緒菜ちゃんの言うとおりだよ。二人のダンスもよかったし、それに見てて二人の気持ちが一つになってるの伝わってきたもん」
「あ、ありがとうございます…」「そ、そうでしょうか…てれてれ」
 山城さんの言葉に私たちは照れてしまいますけれど、でも先輩さんからああ言っていただけると嬉しいですしちょっと自信もつきます。
「…でも、いくら何でも舞台上で口づけとかはやりすぎだって思うけど。お客さんは盛り上がっていたけど…あんなこと、どのライブでもやってるの?」
「は、はわはわっ、そ、そんなそんなことはありませんっ」
 と、冷ややかな視線を向ける片桐さんの言葉に夏梛ちゃんは赤くなってあたふたしちゃいます。
「あ、あれは夏梛ちゃんが私と一緒に暮らしてくれる約束をしてくれて嬉しくなって、想いが抑えられなくなってつい…」
 私があんなこと、つまりライブのステージ上で夏梛ちゃんとあつい口づけをしちゃった理由を説明しますけど…うん、そうなんです、夏梛ちゃんがそんな約束をしてくれて、今思い出しても嬉しくなっちゃいます。
「全く…好きだっていう気持ちは解るけど、あんまり人前とかでバカップルにならないでもらいたいわ。同じ事務所にいる身としては恥ずかしくなるもの」
「ご、ごめんなさい…」
 さらに冷ややかな目を向けてきちゃう片桐さん…うぅ、確かに私ってちょっと想いを抑えきれないところもあるかなって思いますし、ちょっとしゅんとしちゃいながら謝りました。
「でもでも、それを里緒菜さんに言われるのはおかしいおかしいです。里緒菜さんとすみれセンパイだって、私たちに負けない負けないくらいそんな感じですし」
「な…私たちのどこが?」「へ、そ、そう?」
 と、夏梛ちゃんがあんなこと言うものですから、お二人とも戸惑っちゃいました。
「ですです、二人ともいつもいつもいちゃいちゃして、見てるこっちが恥ずかしい恥ずかしいです…麻美もそう思いますよね?」
「え、えっと…う、うん、幸せそうなのは、伝わってくる、かな…?」
 同意を求められちゃってちょっと戸惑いながらもうなずいちゃいましたけど、バカップルなのかはともかくお二人が幸せそうに見えるのは確か…そう、お二人は私と夏梛ちゃんみたいに恋人同士なんです。
「それってこちらの台詞なんですけど…そちらこそ、いつもいちゃいちゃして目の毒です。センパイもそう思いませんか?」
「…へ? え〜と、私は…まぁ、二人とも幸せそうだよね」
 片桐さんの言葉に今度は山城さんが戸惑いながらもうなずきます。
「もうもう、何です何です、だいたい里緒菜さんはいつもいつも言っていることがおかしいんです。犬が猫よりいいだとか…」
「それはどこもおかしくないじゃない。猫のほうが好き、っていう夏梛さんこそ…」
 わっ、夏梛ちゃんと片桐さん、全く関係のないことで言い合いをはじめちゃいました…!
 お二人は今言い合っているみたいな好みの差があって、この間も同じ様なことがあったのでした…。
「あ、あの、えっと…ど、どうしましょう?」
「大丈夫大丈夫、このままにしておいてあげよ」
 山城さんにたすけを求めようとしましたけれど、笑顔でそう言われちゃって…お二人の言い合いは続いちゃってますけどそれ以上の事態にはなっていませんし大丈夫なの、かな?
「ん〜、サクサク…あ、麻美ちゃんも食べる?」
 と、チョコバーを口にした山城さん、もう一つ取り出して私へ差し出してきました…かのかたはチョコバーが大好きでいつも食べていらっしゃる気がします。
「あ、えと、いただきます…ありがとうございます、山城さん」
「ううん、それはいいけど…麻美ちゃん? 私のことは…」
「あ、えと、ごめんなさい…山城、センパイ?」
「うん、よろしいっ…サクサク」
 満足した様子でうなずいてチョコバーを食べる山城さ…いえ、山城センパイは、「センパイ」と呼ばれるのがいいそうなんです。
 それはそうと、ああやって向きになっちゃってる夏梛ちゃんも可愛い…いただいたチョコバーを口にしつつ、その姿を楽しむのでした。


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