高等部の校舎を出た頃にはもう午後三時を回っていました。
 放課後になる時間ですけれど、今日は休日ですから特に下校する生徒の姿もなく静かなものです。
 私たちもそろそろ帰ってもよかったのですけれど、せっかくの機会ですから最後にもう一ヶ所寄ってみたいところが思い浮かび、そちらへ行ってみることにしました。
「えっと…確か、こっちだったかな」
「何です何です、麻美ったら…少し前まで通っていた学校のこと、もう忘れちゃったんです?」
 大きな並木道から分かれる道を少し自信なさげに進む私に、あの子はちょっと白い目を向けてきちゃいます。
「あぅ、だって、これから向かう場所にははじめて行くんだもん…」
「そうなんです? 学食といい、麻美って結構結構行ったことない場所あるんですね」
 学食はお弁当があったので機会がなかったわけですけれど、その目的地も似た様な理由で行ったことのなかったところ。
 そうしてやってきましたのは、学園の敷地内ながら何軒かのお店が建ち並ぶ場所でした。
「ここって何です何です? 食料品を売ってるお店もあるみたいなんですけど…」
「うん、学生寮に入ってる子のためのお店。高等部の学生寮は自分でお料理することになってるから、ここで食材を買える様になってるの」
 もちろん学園外のお店で買ってもいいですけれど近いところのほうが便利ですし、今も学生寮に入っていると思われる子たちがお買い物をしている姿が見られます。
 その子たち、こちらを見てきたりしてまして、やっぱり夏梛ちゃんのことが気になるみたいですけれど、その彼女自身は特に気にした様子もありませんから私も気にしないでおきましょう。
「学生寮なのに自炊だなんて大変大変です…でもでも、自宅通学でした麻美がここにはじめてはじめてきたというのは解りますけど、このお店を見てみたかったんです?」
 私が学生寮に入っていたのでしたら、あの子にそこやここを案内したい、って気持ちも出てくるんですけど…そうじゃありません。
「あっ、ううん、えっとね、ここの一角に喫茶店があるらしくって…帰る前にそこで休憩していこう、って思って」
「そんなものまであるんですか…学生時代の麻美は一人では行きづらかったんだって思いますけど、今は私がいますから大丈夫大丈夫です。行きましょうか」
 あぅ、私の思惑を読まれちゃってます。

 学園の敷地内の一角にあるお店たちは、食材や日用品だけでなく服のお店など、意外と豊富…学園から駅へかけての通りにも生徒向けのお店が建ち並んでいますけれど、寮生はその気になれば一切学園の敷地からでずに生活していけそうです。
 そうしたお店の中にあった、あまり大きくはないけれどおしゃれな雰囲気の喫茶店…私と夏梛ちゃんの二人、一緒に中へ入ります。
「あんな立派な立派な学食がある上にこんな場所まで…本当本当、この学校はすごいすごいです」
 お店の中も明るい雰囲気…お客さんは他に一組しかいないみたいでしたから、私たちは近くの席へ向かい合うかたちで座ります。
 う〜ん、こういうときの座りかたって、悩みます…隣り合って座れば夏梛ちゃんのぬくもりを間近で感じられたりすぐぎゅってできたりしてとっても幸せですけれど、こうして座れば夏梛ちゃんの姿をまっすぐに堪能できますし…。
「いらっしゃいま…わはっ!?」
 そんなことを考えていると店員さんがやってきましたけれど、途中でなぜか奇声をあげちゃいました?
「えっ…あ、あの?」「ど、どうかしましたか?」
「あの、え、え〜と…!」
 気になって夏梛ちゃんともども視線を店員さんへ向けましたけれど、その人は赤くなって固まっちゃってました。
 固まっているのは店員さん、といっても私たちより年下に見える、私より少し背の低めな、長い黒髪をツインテールにした子…赤くなって固まっている姿はかわいいと感じますけれど、でもどこか鋭さも感じる、そんな顔立ちです。
 何だか、どこかでお会いした気もするのですけれど、とにかくどうしたのでしょう…?
「…あっ、もしかして夏梛ちゃんのファンの子ですか? それで、実物の夏梛ちゃんを見て驚いてしまったんですね」
 うんうん、それなら固まっちゃっても仕方ありません。
「い、いえっ…あ、その、もちろんかなさまのファンでもありますけど、一番はアサミーナさんですから…!」
「…えっ?」
 と、意外なお返事に今度は私が固まっちゃいましたけれど、そこまで強く私のファンだなんて言ってくださったかた、なんてこれまでに…あれっ?
「あ、あの、もしかして…夏のイベントでお会いした子、ですか?」
「は、はひっ、お、覚えていてくださったんですか…光栄ですっ」
 私の言葉にその子は嬉しそうになって…やっぱりそうでしたか。
「あのあの、麻美? この店員さんとお知り合いなんです?」
「うん、えっとね…」
 首をかしげちゃうあの子に、この店員さんとかつてお会いしたときのことを教えてあげます…って、こういうことって昨日もありましたけれど、実はシチュエーションだけでなく内容も…。

 その店員さんとはじめてお会いしたのは、夏のあの大きなイベントの二日め、私と夏梛ちゃんとで握手しながらCDを渡していたときでした…私のファンだとはっきり言ってくださっただけでなく「アサミーナ」とはじめて呼んできた子、ということで印象に残りました。
 翌日には再びイベント会場でお会いして、そのときは会場で迷子になってしまった私のことを夏梛ちゃんのいるところにまで案内をしてくださったのでした。
「あのときは、本当にありがとうございました」
「い、いえ、そんな、アサミーナさんとかなさまが無事にお会いする手助けができて、幸せなくらいですから…こ、こちらこそありがとうございますっ」
 逆にお礼を言われちゃって不思議ですけれど、でもその子、まだ緊張した様子ながら本当に幸せそうですからいいでしょうか。
「あのイベントで迷子になった麻美を案内案内してあげた…それは私からもお礼言わないとですけど、でもでもどこかでどこかで聞いた気のする話です」
「うん、だって、昨日お会いした子と一緒だもん」
「あっ、そういえばそうですそうです。ではでは、この人が昨日のあの人と…」
 夏梛ちゃん、納得した様子でうんうんうなずきます。
「アサミーナさんとかなさま、昨日あの神社へ行かれたそうで…あの子から話は聞きました。そのときは直にお二人に会えたなんて羨ましいって……あ、もちろん学園祭のライブは観させてもらいましたけど、でもやっぱりとっても羨ましいなって思っちゃいました」
 そういえば昨日神社でお会いした子は、イベントで一緒にいた子はアルバイトに行っていていない、と言っていましたけれど、ここでアルバイトをしていらした、ということだったのですね。
「でも、こうして今日ここでお二人にお会いできてとっても嬉しい…感激ですっ」
 そう言って私たちを見るその子の目は輝いていて、私たちに本当に憧れを抱いていることが解ります。
「私も、こんなに私のことを応援してくださる貴女にまたお会いできて、とっても嬉しいです」「ですです、これからも私と麻美のこと、応援応援してくださいね」
「は、はいっ、もちろんですっ」
 う、う〜ん、夏梛ちゃんはともかく、私のことをここまで…少し不思議になりますし、私のどこがいいのか、聞きたくなっちゃうかも。
「あ、あのっ、よければサインとか、していただけないでしょうか…!」
 そう、確かに気になったのですけれど…でも、いいですよね。
「わ、私なんかのでよろしかったら…」
「わぁ、ありがとうございますっ。じゃあ、その、色紙を持ってきますから、ちょっと待っていてくださいっ」
 だって、そう言って駆けてくその子はとっても嬉しそうで、私のことを心から応援してくださっている、ということが伝わってきますから。
「麻美にもあんなに熱心熱心なファンがいるんですし、これからも頑張らないとですね」
「うん、本当に…もっと頑張らなきゃ」
 期待を裏切ってはいけませんし、松永さんにお会いしたことなどとあわせ、これからも頑張らなきゃ、って思いをより強くしました。
「お、お待たせしました…その、お願いしますっ。できればお二人ご一緒に…」
 すぐに戻ってきたあの子が差し出した色紙を受け取り、もちろん私と夏梛ちゃん、一緒にサインをします。
 私にとってサインをお願いされる、というのもこれがはじめてでしたり…うまく書けているでしょうか。
「あ、ありがとうございます…ずっと大切にしますっ」
 私たちのサインを受け取った彼女はとっても嬉しそうで、多分大丈夫…?
「その、お二人のこと、これからもずっと応援してますから…どうか、ずっとお幸せにっ」
 その彼女、そう言うと深々と頭を下げてきましたけれど、それでは声優としてというよりも恋人としての私たちのことを、と受け取れます。
 実際、夏梛ちゃんはちょっと赤くなっちゃいましたけれど、そちらの関係も応援してくださる…うん、やっぱり嬉しいです。
「ありがとうございます。貴女たちお二人も、これからもずっとお幸せに、です」
 この子と昨日神社でお会いした子という、あのイベントでお会いしたお二人にこうしてそれぞれ別の場所で再会するなんてすごい偶然ですけれど、そのお二人は私と夏梛ちゃんと同じ様な関係だというのです。
「は、はいっ。私たちも、アサミーナさんとかなさまに負けないくらい、幸せになりますっ」
 力強いお返事にお二人の幸せな未来が見えますけれど、私と夏梛ちゃんってそんな幸せそうに見えるのかな…うふふっ。


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