色々ありました私にとってはじめての、そして最後になるかもしれない学食を後にして、午後は再びあのスタジオへ…松永さんの練習風景を見せてもらうことにしました。
「はぅ、石川先輩だけじゃなくってかなさまにまで見られるなんて、緊張しちゃいますぅ」
 スタジオへくるまでにさっきの騒ぎのことについては落ち着いてきていた松永さんですけれど、ここにきてそういう意味で緊張した面持ちを見せます。
「あによ、ヘッドったららしくないわね…アサミーナとは半年前までここで一緒に練習してたっていうんだし、そんな気にしなくっていいんじゃないの?」
「まぁ、それはそうなんですけど…と、とにかくはじめますぅ」
 狭いスタジオで注目を、しかももうかなり売れっ子な夏梛ちゃんにも見られるとあっては緊張も仕方ないところなんですけど、でも冴草さんの言葉を受けてから松永さんもちょっと気が楽になったみたいに見えて、やっぱり心の通じた人の言葉って大きいものですよね。
 そんな松永さんは半年前よりも確実に実力が上がってきてて、その頑張りを感じ取れました。
「ではでは、麻美も一緒に…ここを使っていた頃みたいな感じで練習練習してくれませんか?」
「…えっ、か、夏梛ちゃん?」
 素直に感心していますと不意にそんなこと言われちゃったものですからびっくりしちゃいました。
「麻美がどんなどんな感じで練習してたのか、気になっちゃいます」
 そんなことを言われましたら断ることなんてできませんけれど、何だか恥ずかしい…松永さんよりもかえって緊張しちゃいました。

「それでは松永さん、これからも練習、ご無理はなさらないで頑張ってくださいね」
「は、はいです、石川先輩、それにかなさま、今日はお会いできてとっても嬉しかったです…いずれは同じ声優さんとしてお会いできる様に頑張りますぅ!」
 しばらく松永さんと一緒に練習をさせていただいた後、その松永さんと冴草さんに見送られてスタジオを後にします。
 久しぶりの松永さんとの練習は夏梛ちゃんに見られててちょっと緊張もしましたけれど、それ以上につい半年くらい前までの学生時代を思い出して懐かしくもなりました。
「あの松永さんって子、本当本当に麻美に恋してたかは解りませんけど今はあのエリスさんってかたと相思相愛みたいですし、そちらも応援応援したいですね」
「う、うん、そうだね、夏梛ちゃん」
「それにそれに、声のほうもなかなか見所見所ありそうですし、いつか本当本当に一緒にお仕事する日がくるかもしれませんね」
 廊下に出て扉を閉じ、二人並んでゆっくり歩きはじめたところで夏梛ちゃんがそんなことを言うあたり、松永さんの実力は確かで、先が楽しみです。
 そんなことを思いながらあの子と手を繋いで、この階を後にしよう…と、したのですけれど。
「…あれっ、この歌声…」「すぐそばから聴こえますけど…」
 そう、廊下へ出ると、スタジオへ入る前には聴こえなかった歌声が耳に届いたんです。
 あのスタジオは防音もしっかりしていますからそこからのものではなくって、この階にある音楽室の一つから聴こえてくるみたい…音楽室なのですからそれ自体はおかしくないのですけれど、ちょっと引っかかることが…。
「この歌声、とっても上手…天使の歌声、みたい…」「ですです、それだけじゃなくって、どこかでどこかで耳にしたこともあります」
 そういうこと、なんですよね…それも、つい先日に。
 気になった私たち、歌声の漏れてきている音楽室へ近づいてそこの窓からそっと中をのぞいてみます…と、そこでは制服姿の女の人が一人、歌っていました。
 凛とした雰囲気の、私たちより年下のはずながらずっと大人っぽい印象の人…。
「あっ、あの人って先日の学園祭で私たちの前に歌って歌ってた…」
「うん、私の一つ下の学年で、私が三年生の頃の生徒会長さんをしてた草鹿彩菜さん、だね」
 もちろん私の在学中には何の接点もなかったかたで、こんなに素敵な歌声を持っていらっしゃる、なんてことももちろん知りませんでした。
「あんなに美人さんでさらにさらにこの歌声で生徒会長でもあるんですか…。やっぱりやっぱり、この学校はすごいすごいんですね」
「そう言われると、そうなのかも…」
 草鹿さんの前の生徒会長さんは同時にこの学園の理事長だったりもしたし…そこまでくるとゲームとかの世界だよね。
「そんなそんな人が、私たちの後輩になるかも、らしいですけど…どうなるんでしょう」
 夏梛ちゃんが言っているのは、先日の草鹿さんのライブを観たときの如月さんの反応のこと…スカウトしようかと、本気で考えていらっしゃるみたいでした。
 私たちの事務所は声優さんの他にアーティスト部門もありますから、如月さんが本気でしたらあとは草鹿さんのお気持ち次第、となるのでしょうか。
「でも、草鹿さんがいらっしゃるにしても、そうじゃないにしても、私たちにもいつかは後輩ができる、んだよね…」
 ふとそんなことを口にしましたけれど…でも、まだまだ新人って気持ちが強くって、そんな日がくるなんてちょっと想像つきづらいです。
「私たちより年下年下な里緒菜さんも声優としてはちょっとちょっと先輩さんですからね…もしかするとさっきの松永さんがいらしたり、なんてことが本当本当にあったりするかもですけれど、後輩に追い抜かれたりしない様にしてくださいね?」
「う、うん、もちろん…夏梛ちゃん、私、頑張るねっ」
 これからも夏梛ちゃんと一緒にいるためにも、山城センパイみたいな頼れる先輩に…なれ、るかな?
「…もうもうっ、麻美はかわいいかわいいんですから」
「えっ、か、夏梛ちゃん、そんなこと…」
 ちょっと赤くなったあの子が突然あんなこと言うものですから私も驚いちゃいますけれど、そのとき音楽室の中で歌う草鹿さんと目が合っちゃいました。
 窓越しに会釈をすると草鹿さんも歌いながら軽く頭を下げてくださいましたけど、練習のお邪魔をしてはいけませんし、私たちはそのままその場を後にすることにしました。
「えとえと…確かにあの人は美人さんでしたけど、この世界で一番一番きれいなのは…あ、麻美なんですからねっ?」
 と、ゆっくり歩きはじめたところで、あの子が恥ずかしげにそんなこと言いながら手を強く握ってきました…?
 これって、さっき夏梛ちゃんが草鹿さんのことを美人だって言ったのを私が気にしてる…とか思われたのかな?
「も、もう、夏梛ちゃんったら…あ、ありがと。でも、夏梛ちゃんこそ…世界で一番きれいだし、誰よりもかわいいよ?」
「あぅあぅ、麻美ったら、そんなそんなこと…」
 何だかお互い恥ずかしくなってきちゃってそれ以上は何も言いませんでしたけれど、同時に幸せな気持ちにも包まれます。
 私が世界で一番、だなんて明らかに言いすぎですけれど、でもそれだけ夏梛ちゃんが私のことを想ってくれている、ということですし…嬉しくって、繋いだ手をより強く握っちゃいます。


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