ほとんど何も考えずに飛び出してきちゃいましたけれど、あれから夏梛ちゃんも学食を後にしていたらどうしよう…なんてそちらが不安になりながらも学食へ戻ります。
「…あれっ? 何だか、人だかりが…」
 その学食ではある席にたくさんの生徒が集まっていて、その代わり他の席にはほとんど誰もいない、という状態になっているのが目に付きました。
 人だかりができているのは夏梛ちゃんのいた席ですし、あの子のファンが集まってきちゃった、ということでしょうか。
「あ、あの…」
 人だかりに近づいて通してもらおうとしますけれど、しり込みしてしまってうまく言葉が出ません…あぅ、ステージに立ったりしていても、人見知りなところはなかなか直りません。
 私は存在感が薄いですからもちろん皆さん気づいてくださいませんし…どうしましょう。
「…あっ、麻美ったらやっとやっと戻ってきました。そんなそんなところに立って、どうしたんです?」
 と、人だかりの中…ここからでは皆さんがいて姿の見えないあの子の声が届きます?
「え…あっ、アサミーナですか?」「わっ、びっくりしました…いらしたのですね」「さぁ、どうぞどうぞ、かなさまのところへお行きください」
 彼女の言葉に他の皆さんも私の存在に気づき、学食を後にする前と同じ席に座っていました夏梛ちゃんへの道を開けてくださいました。
「えと、夏梛ちゃん…た、ただいま。私がいること、よく気づいたね……?」
 隣へ座らせてもらいながらそう声をかけます。
「そんなのそんなの、私が麻美に気づかないはず…な、何でも何でもありませんっ」
「わぁ…うん、ありがと、夏梛ちゃんっ」
 他の人は気づかなくっても、大好きな人にこうして気づいてもらえる…とっても嬉しくって、つい抱きしめちゃいます。
「…むぎゅっ! あぅあぅ、あ、麻美、皆さんの前です…!」
「もう、しょうがないんだから…」
 あたふたしちゃうあの子をゆっくり離してあげますけれど、さっきのことで怒ったりはしていないみたいで、ちょっと安心…。
「きゃ〜、きゃ〜っ、お二人はやっぱりラブラブだね〜」
 そんな私たちのことを周りの皆さんは微笑ましげに見守ってくださっていて、藤枝さんはそんな声を上げちゃいます…ちなみに松永さんや冴草さんもまだいらっしゃいます。
「うふふっ、そうですね、みーさちゃん」
 と、藤枝さんの隣にいる、この学園のものではない制服を着た、やさしげな雰囲気の女の人が彼女をやさしく撫でてあげています?
 それに対し藤枝さんもとっても嬉しそうなのですけれど……これって?
「えとえと、こちらのかたは…」
「あっ、はじめまして、アサミーナさん。私は燈星学園に通う鴬谷菖蒲といって…」
「みーさの運命の人なんだよ〜」
 少し戸惑う私に夏梛ちゃんが紹介しようとしてくださいますけれど、その前にご自分で名乗ってくださいまして、さらにそう声を上げながら抱きつく藤枝さんを見て関係を悟りました。
 燈星学園というのは確かここからそう離れていない場所にある学校だったと思いますけれど、藤枝さんにもそんなかたが…松永さんといい、私が卒業してから数ヶ月の間に色々あったのですね。
 …と、その私もその間にこうして大好きな人ができたりしているわけですけれど。
「あの、それで、皆さんこんなに集まって、何をしていらしたのですか?」
 夏梛ちゃんのファンな子たちが集まって盛り上がっていたとか、そういうことでしたらいいんですけど…。
「そんなのそんなの、麻美の昔のことを話してたに決まって決まってます。松永さんや藤枝さんと出会ったときのこととか、聞かせてもらいました」
 あぅ、やっぱりその話、普通に続いちゃってたんだ…しかもこんなたくさんの人の中でだなんて、さっき気持ちを落ち着けてきたとはいっても恥ずかしくなったりしてしまいます。
「…麻美って、いじめにあってたりしたわけじゃないですよね? 一人でお弁当とか…」
 私の過去を聞いたという夏梛ちゃん、こちらをじっと見つめてそうたずねてきます。
「わっ、そ、そういうわけじゃないよ?」
「本当本当ですか? 松永さんたちも実際に出会う前の麻美のことは知らない知らないみたいですし、ここにいる人たちも卒業した上級生のことですから解らない解らないみたいですし…それにそれに、麻美は逃げちゃいますし、そういえば先日麻美のご実家で見せてもらったアルバムにも学校とかお友達の写真が全然全然なかったですし」
「あぅ、そ、それは…」
 私のアルバムを見せたときにはそんなこと全然言いませんでしたのに、しっかり見ていたのですね…。
「…麻美、どうなんです?」
 静かに見守る周りの人たちはともかく、真剣な表情で見つめてくる夏梛ちゃんから逃げたりすることは…できませんよね。
「えっと、いじめられてたとか、そんなことはなかったよ? ただ、私が自分の意思で一人でいて、それでお友達とかいなかったのは確かだけど…」
「…自分の意思で、です? どういうどういうことです?」
「う、うん、私って人見知りしちゃうし、それにとっても目立たないから、声をかけることもかけられることもあんまりなくって…ね?」
「麻美が目立たないとか、信じられないんですけど……おしとやかで大人しすぎて背景に溶け込んじゃってるとか、そういうことなんでしょうか…」
 何だかよく解らないことをつぶやくあの子ですけれど、とにかく昔の私は……いえ、今もそう変わらないかもしれませんけれど、とにかくそういう感じでした。
「か、夏梛ちゃん…私のこと、嫌いになっちゃった…?」
 ちょっと考え込んじゃったあの子を見て不安になってきちゃって、思わずそうたずねちゃいます。
「…えっ、どうしてどうしてそうなるんです?」
「だって、その、昔の私って…」
「別に別に、何か悪いことしてたわけじゃないんですし、嫌いになる理由なんてどこにもどこにもありませんよ?」
「よかった…夏梛ちゃん、ありがと」
 不思議そうにああ言ってくれたあの子に私はほっとしちゃいます…と、そんな私を見てあの子は少し呆れた様子でため息をついちゃいます。
「全く全く、相変わらず麻美は心配性なんですから。でもでも、前にも言いましたけど、麻美に会う前の私だって…ごにょごにょ」
 ちょっと言葉を濁すあの子…あっ、もしかして以前の彼女は他人に興味がなかった、ということを言いそうになったのでしょうか。
 元気で明るい夏梛ちゃんが、だなんてびっくりしちゃいますけど、私に対しても言いづらそうでしたそんなこと…こんなたくさんの人の前ではなおさら言いづらいでしょうし、言わせてはいけません。
「それにそれに、もしも昔さみしいさみしい思いとかしてたとしても、これからはそんなことないんですから、それでそれでいいじゃないですか…!」
 と、夏梛ちゃんが続けてそう言ってくれましたけれど、顔を赤くしたりして恥ずかしそう…。
 今のってつまり、これからも私のそばに夏梛ちゃんがいてくれるから…ということ、ですよね?
「うん…うん、ありがと、夏梛ちゃんっ」
「べ、別に別に…とにかくとにかくそういうことなんですから、これからはおかしなおかしな心配して私を置いてどこかどこかに行ったりしないでくださいねっ?」
「うん…夏梛ちゃん、大好きっ」
「…むぎゅっ! わっ、も、もうもうっ、またこんな皆さんの前で…本当本当に、しょうがないんですから…!」
 思わず抱きしめちゃった私に、彼女はさらに赤くなっちゃって…もう、本当にかわいくって、愛しいんですから。
「夏梛ちゃん、これからもずっと一緒にいようね…んっ」
「あ、麻美…ん、んっ!?」
 思いが抑え切れなくって、そのまま彼女へ口づけをしてしまいました。
 彼女も驚きながらも受け入れてくれて…松永さんや藤枝さんたちが見守る中、夏梛ちゃんへの想いを新たにしたのでした。

「それじゃ、午後は…松永さんの練習風景を、久しぶりに見せてもらおうかな」「あっ、それは私も少し少し興味があるかもしれません」
 思わず口づけをしちゃって、その直後は夏梛ちゃんもあたふたしてしまっていましたけれど、少ししたら落ち着いてくれましたから、これからのことを話します。
「…ふぇっ、わ、私の練習をですっ? わ、わわわ…!」
 夏梛ちゃんも、ということもあってそれを聞いた松永さんはあたふたしてしまいます…と。
「…そういえば、いちごはこのかたとご一緒に練習をしていた、ということですわよね?」「ということは、いちごちゃんがずっとこそこそとしていたのって…」
「…はわわっ、な、何でもないですよぅ、冬華さん、一菜さんっ」
 松永さんのそばにいる二人の女の子の言葉に彼女がまたあたふたしてしまいました。
 冬華さんに一菜さん、と呼ばれたお二人はどうやら松永さんのご友人なご様子なのですけれど、あの様子からすると…松永さん、声優になるための練習をしていることを冴草さん以外のかたには言っていないみたいです。
「…仕方ありませんわね、詮索はやめておいて差し上げますわ」
「…ふぅ、ありがとうございますぅ」
「ええ、それと同じくらい興味深いことが解ったもの」
 と、冬華さんと呼ばれたかたが私のことをじっと見つめてきました?
「…あ、あの、どうか、しましたか?」
「いえ、貴女がいちごの恋していた相手なのね、と思って」「あっ、やっぱりこのかたがそうなんだ…うん、確かに素敵な人…」
 戸惑う私に、そのお二人はそんなことをおっしゃって…えっ?
「松永さんが…私に、恋…?」
「ふぇっ、ちょっ、冬華さん、何言ってるんですっ? わ、私はそんな、石川先輩に恋なんて…あぅ」
 ますます松永さんはあたふたとしてしまいますけれど、今のって…本当、なのですか?
 確かに彼女とは学生時代結構同じ時間をともにし、同じ目標を目指して頑張ってきましたけれど、その様な感じは全く…。
 私もますます戸惑ってしまいますけれど…それ以上に、夏梛ちゃんと冴草さんの視線が何だか痛い様に感じてしまいます。
「冴草さん、それにかなさまも安心なさいな。いちごがアサミーナに恋していた、っていうのは昔のことで、今は…冴草さん一筋、なんですわよね?」「うん、だから心配いらない、よね」
「はぅっ、そ、それは…そ、そうですぅ」「んなっ、ちょっ、私は別にそんな心配してないし、第一私とヘッドは別に…!」
 真っ赤になるお二人ですけれど、ひとまずはそれで問題は解決したみたい、でしょうか。
「…夏梛ちゃん、私だって…松永さんの想いが本当にそうだったとしても、夏梛ちゃんしかいないんだから、心配しないで、ね?」
 安心してもらうために、私も小声で夏梛ちゃんへそう声をかけつつ、そっと手を握ってあげたのでした。


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