第3.5章

「えっと、夏梛ちゃん? 一緒にお出かけなのはとっても嬉しいんだけど、私は別に今のままでもいいんじゃないかなって…」
「もうもう、そんなのダメですダメです。今日は私に付き合ってもらいます」
 ―よく晴れた秋の日の午後、私と夏梛ちゃんは一緒にお出かけ…なんですけど、私はちょっと戸惑い気味といいますか、彼女に手を引かれるかたちになっていました。
「今まで今までこれまでたくさんたくさん一緒にいて、一度も一度も行ったことがなかったのが不思議な不思議なくらいでしたし、今日は色々見てみましょう」
「う、うん…」
 私はまだちょっと乗り気にはなっていないんですけど、あの子があんなに張り切っているのですから、それはそれでいいのかもしれませんけど…。
「麻美に似合う似合うおよーふくがあればいいんですけど…いえいえ、そのあたりは心配心配ないですね」
「う、う〜ん、私なんかより、夏梛ちゃんのおよーふくを選んだりしたほうがずっと楽しいって思うんだけど…」
「そんなのダメですダメです、今日は麻美のを選ぶ、って決めてる決めてるんですから」
 夏梛ちゃんの言葉通り、今日は私が着る服を見に行くことになっています。
 さっきの彼女も言っていましたけれど、私たちって水着は見に行ったことがありましたけれど服を、ということは一度もなかったわけで…それを今日、しかもわざわざ私なんかのものを、ってなったのにはちょっとしたきっかけがあったんです。

「夏梛ちゃん、お疲れさまっ」
「…むぎゅっ! あぅあぅ、いきなりいきなり抱きつかないでください…!」
「ごめんね、つい…うふふっ」
 ―私の母校での学園祭ライブを終え、講堂内に用意してもらってます楽屋へ戻ってきたところで私は夏梛ちゃんのことを抱きしめちゃったりして。
「まぁ、麻美の母校でのライブ、っていうことで懐かしい懐かしい人にも会えたみたいですし、それにそれにライブ自体も大成功っていっていいと思いますから、喜ぶ喜ぶ気持ちも解らなくもないですけど」
 身体を離してあげた夏梛ちゃんの言葉どおり、ライブは特に失敗もなかったですしとっても盛り上がりましたし、私も満足しています…けれど。
「ううん、そのこともあるけど…もっと嬉しいことがあったから」
「もっと、って…ライブのときにです? 何です何です?」
「うん、それは…夏梛ちゃんが私と一緒に暮らす、って約束してくれたことっ」
「…むぎゅっ!」
 ステージ上でのあの出来事を思い出すとやっぱり嬉しくなってしまって、また彼女を抱きしめちゃいます。
「も、もうもうっ、あ、麻美ったら落ち着いて落ち着いてください…!」
「夏梛ちゃんと一緒に暮らせるんだもん、こんなの落ち着いていられないよ…戻ったらすぐ暮らしちゃおっか」
「そ、それはちょっとちょっと急すぎです…!」
「そうかなぁ…?」
「で、ですです…わ、私だって麻美とずっとずっと一緒にいたいって思ってるんですから、ちゃんとちゃんと準備させてください…!」
 首をかしげる私に彼女は身体を離しつつ、恥ずかしそうにそう言ってきて…。
「わぁ…夏梛ちゃんっ」
「…むぎゅっ!」
 嬉しくなってまた彼女をぎゅっとしてしまいました。
「あぅあぅ…き、きりがないですし、あんまり長く長くここにいても迷惑迷惑かもですから、はやくはやく着替えましょう…!」
「う〜ん…そうだね」
 あの子の言うとおりですし、ゆっくり身体を離します。
 うん、今日はこの後また私の実家で一緒にお泊りすることになっていますし、そこでゆっくりすればいいですよね。
「じゃあ、私が着替えさせてあげるね」
「もうもう、そんなの一人で一人でできます」
「ううん、夏梛ちゃんのは衣装も普段着もお着替えが大変なものなんだから、遠慮しないで、ね?」
「べ、別に別に遠慮してるわけじゃないんですけど…」
「まぁまぁ、気にしないで?」
 ちょっと強引にあの子の衣装を脱がせてあげて普段着に着替えさせてあげる。
「あぅあぅ、麻美ったら…」
 恥ずかしがる夏梛ちゃんもとってもかわいくって、そうでなくっても元々とってもかわいい彼女に、その彼女だからこそとっても似合うおよーふくを着せ替えるのはとっても楽しくって幸せで、ですからついこうやって手伝ってあげちゃうんです。
「…うん、これでよし。やっぱりこっちの夏梛ちゃんもかわいい」
「…あ、ありがとうございます」
 ゴシック・ロリータなおよーふくに着替えた夏梛ちゃんもやっぱりとってもかわいくってぎゅってしたくなりますけど、楽屋に戻ってきてからたくさんぎゅってしちゃいましたし何とかこらえます。
 もっとも、夏梛ちゃんといえばゴスいおよーふく、ってイメージはファンの間でも固まってまして、ステージ上の衣装もそういうものになっているんですけど、それでも普段のものと衣装とではちょっと違うんですよね。
「うぅ〜…で、ではでは、私は麻美のお着替えを手伝い手伝います」
 恥ずかしそうにそんなことを言ってくる彼女も…ですけど。
「ううん、私はいいよ。お手伝いがいる様なものじゃ…特に、今日は制服だし」
「…むぅ、そ、そうですか」
 私の母校でのライブ、ということで今日の私は学生時代に着ていた制服姿でライブに出たんです。
 このまま帰ってもいいんですけど、私はもう卒業をしてこれはあくまで衣装、というところですから着替えておきます。
「う〜ん…う〜ん」
 と、私が着替えているところを夏梛ちゃんがじぃ〜っと見つめてきていました?
「え、えっと…夏梛ちゃん、どうしたの?」
 そのこと自体も恥ずかしかったんですけど、それ以上にその彼女の表情が真剣でしたことが気になりまして、着替え終えたところで声をかけてみます。
「はい、ちょっとちょっと気になったんですけど…麻美って、ほとんどほとんど同じおよーふくばかり着てません?」
「えっ…もしかして、似合ってないかな?」
 今までそんなことを言われたことはありませんでしたから、少し不安になります。
「あっ、いえいえ、麻美の雰囲気に合った合ったものを着てますし似合って似合ってはいるんですけど、バラエティがないっていいますか…麻美って何着くらいおよーふく持ってます?」
「えっと、どうかな…今のお家に持ってきた分でも二、三十着くらいはあったと思うけど」
「…あれあれっ、そうなんです? そんなに持って持っていたんですか…てっきりてっきり、いつもいつも同じものばっかり着ている気がしたんですけど、私の気のせい気のせいだったんですね」
「あっ、ううん、気のせいじゃないと思うよ。同じおよーふくを持っている、ってことだから」
 季節ものを数着ずつ持っていて、という感じになるでしょうか。
「…え。どうしてどうしてそんなことしてるんです…?」
 それを聞いた夏梛ちゃんはちょっと固まっちゃいました?
「えっ、どうしてって、同じものを何着も持っている、ってこと? うん、同じもののほうが安心できるし…あ、でも、私が何を着ていても、誰も気にしないとは思うけど…」
「もうもうっ、そんなことありませんっ」
「…きゃっ? か、夏梛ちゃん?」
 突然あの子が大きな声をあげるものですからびっくりしちゃいます。
「麻美みたいなかわいいかわいい女の子がおしゃれに気を遣わないなんてもったいないもったいないです。それにそれに、私は気にしますからっ」
「わ…夏梛、ちゃん…」
「わわっ、い、今のは、えとえと…」
 勢いで言っちゃったみたいな言葉にあの子は恥ずかしそうになりますけれど、私のことを想ってあそこまで言ってくれた、ということが伝わってきて嬉しいです。
「…でも、夏梛ちゃんも今まで気づかなかったよね?」
 でも、ついそんな意地悪を言ってみたりしちゃいます。
「あぅあぅ、そ、それはいつもの麻美のおよーふく姿がとってもとっても自然で似合って似合ってますから、普通に普通に受け入れちゃいまして…そのその、ごめんなさい」
「ううん、そんな、気にしなくっても大丈夫だよ」
 しゅんとしちゃう彼女もかわいいですけど、困らせたりしたいわけではありませんからそう声をかけて微笑みかけます。
「でも、それならやっぱり私はこのままで問題ないんじゃ…」
「それとこれとは別です別ですっ。向こうに戻ったら、私が麻美に似合う似合うおよーふくを選んで選んであげます…楽しみ楽しみにしててください」

次のページへ…

ページ→1/2/3

物語topへ戻る