木造校舎をのんびり見て回った私たち、渡り廊下を抜けてその隣に立つ、こちらは立派な鉄筋コンクリート製の校舎へ移動します。
「こちらは新しい新しい校舎ですけど、特別教室が入って入っているんですね」
 あの子の言葉通り、こちらには図書室や美術室、視聴覚室などが入っています。
 そして、私にとってこの学園でもっとも思い出のある場所も、この校舎にあります。
「学生時代に私が声の練習をしていた場所も、この校舎にあるの」
「わっ、それってそれって本当本当です? 確かに確かに麻美は学校で練習してた、って言ってましたけど…気になります」
「うん、今からそこに案内するね」
 そうして私たちはこの特別棟の三階へやってきました。
「音楽室ですか…他の部活が使って使っていそうなところですけど…」
 その階には彼女の言うとおり音楽室が二つ…どちらも部活動でも使われますけれど、今日は練習などはないみたいで誰もおらず静かです。
 そんな音楽室を私はそのまま通り過ぎます。
「って、あれあれっ、どこに行くんです?」
 廊下の突き当りにまでやってきちゃったものですから、あの子は戸惑っちゃいました。
「うん、ここが私がこの学園を卒業するまでの間、声の練習などに使っていた場所なの」
「それって、この何も何も書かれてない、窓も何にもなくってほとんど壁と一体化してて目立たない目立たない扉のことです? ここは一体何の部屋です?」
 廊下の果てにひっそりとあった、彼女の言うとおりな目立たない扉…。
「それは、入ってみたら解るよ」
 もしかすると、あの子がきていらっしゃるかも…そう思うと少しどきどきもしてしまいますけれど、ともかくその扉をそっと開いてみて…。
「それじゃ今日も…って、ふぇっ?」
「あによ、ヘッドったらいきなりおかしな声あげたりして、どうしたのよ?」
 扉の先にある小さな空間では二人の女の子が机を挟むかたちで座っていたのですけれど、扉が見える方向に座っていた子が私に気づいて驚いてしまいました。
「あっ、ごめんなさい、驚かせちゃって。それと…おはようございます、松永さん」
「は、はわわわっ、い、石川先輩、おはようございますぅ…!」
 私の挨拶に慌てて立ち上がったのは、それほど背など大きくない、かわいらしい雰囲気の女の子。
 もちろんこの学園の制服を着たその子は、先日の学園祭ライブの際に司会をしていた、そして私と同じ目的でこの部屋を使っていて私が在校生でした頃には一緒に練習をしていた、二つ年下な女の子な松永いちごさん。
「あれあれっ、そこにいる子って先日の…」
「って、はわわわっ、か、かなさままで…!」
 私に続いてその部屋へ入った夏梛ちゃんの姿を見て、彼女が完全に固まってしまいました。
「あによ、誰かきた…って!」
 一方、私たちに背を向けるかたちで座っていた人が不思議そうにこちらへ顔を向けて、やっぱり固まってしまいました。
「あの、えっと…は、はじめまして。その、お邪魔してしまいましたか…?」
 対する私もちょっと緊張…だって、そちらの子はこれまでお会いしたことのない、知らないかたでしたから。
「あっ、えっと、そんなことありません。まさかあのかなさまとアサミーナがいきなりこんなところに現れるなんて思ってもみなくって、驚いちゃっただけですから」
 よく見ると机の上には私たちのことが載っている雑誌があったりして、この子も声優に興味があるのでしょうか…と考える間もなくその子が立ち上がりました。
「あの、はじめまして、私は高等部一年の冴草エリスといいます」
 そう名乗った彼女は夏梛ちゃんと同じくらいの背をした、長めの髪をツインテールにしてややつり目の女の子…髪はきれいな金髪でしたりと、日本人離れした雰囲気を感じます。
 高等部一年生、ということは私の卒業と入れ替わりでやってきたかたちになりますから、私が知らないのも当然です。
「は、はわわ、えっと、お二人にお会いできるなんて光栄ですけど、石川先輩とかなさまは、どうしてこんなところに…?」
 まだ少し落ち着かない様子ながら松永さんがそうたずねてきます。
「松永さん、少し大げさだと思うんだけど…うん、今日はお仕事もお休みでしたから、夏梛ちゃんにこの学園の案内をしているんです。夏梛ちゃん、ここが練習に使っていたスタジオだよ」
「こんなこんな場所が校内に…ずいぶんずいぶん立派なスタジオです」
 少し感心した様子で夏梛ちゃんが見回すこの部屋は、窓もなくって扉を閉じると完全に密閉空間になる、ちょっと狭めの場所。
 机の上にはマイクが置かれていたり、壁面には色々な機材があったりと、あの子のいう様にスタジオです。
 ここは私が高等部へ上がって、そして声優を目指そうとした頃に偶然見つけたところ…その当時は明らかに使われている気配がなくって、また声が外に漏れたりしなかったりと練習の場としてこれ以上ないといえるほどの場所でしたから、以降使わせてもらうことにしたんです。
「それで、こちらの子は松永いちごさんといって、私の二つ下の後輩…彼女も声優さんを目指しているんだよ?」
「は、はわっ、えとっ、松永いちごですぅ…!」
 緊張した様子で頭を下げる松永さん。
「よろしくよろしくです…それでそれで、麻美はここで松永さんと一緒に一緒に練習してたんです?」
「う〜ん、私はお昼休み、松永さんは放課後に練習していたから、一緒にってなると休日くらいしかできなかったけど…」
 松永さんがここを使いはじめてからもしばらくはすれ違いが続いて、実際に顔を合わせてここを別の人が使っていることを知ったのは私が二年生のときの夏休みに入ってからでしたっけ。
「そ、そうでしたか…」
 って、あれっ、その話を聞いた夏梛ちゃんの様子がちょっと…?
「…あっ、もしかして、やきもちやいちゃった? もう、私には夏梛ちゃんしかいないのに」
「あ、麻美じゃあるまいし、そんなそんなこと…!」
 私が今の夏梛ちゃんの立場だったら…あぅ、やっぱりさみしいってなってそうです。
 それに…彼女のあの慌てようを見ると、どう思っていたのか解っちゃいますよね。
「夏梛ちゃんったら…かわいいっ」
「…むぎゅっ! は、はわはわ、だ、抱きつかないでください…!」
 そんな夏梛ちゃんのことを思わずぎゅってしちゃいます。
「わぁ、やっぱり石川先輩とかなさまはラブラブなんですねっ」「そりゃそうでしょ、ライブのときにあんなことしてたんだし」
 そんな私たちのことを、松永さんたちはほほえましげに見守ってくれるのでした。


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