第二章

「夏梛ちゃん、それじゃそろそろ出かけよっか」
 ―昨日同様に外は秋晴れで絶好のお出かけ日和。
 天候にも恵まれた中、私とあの子は今日も私の実家で朝ごはんも済ませて、それからしばらくしたところで彼女へそう声をかけました。
「ですです…って、あれあれっ、今日はお弁当、ないんです?」
 昨日は用意していたものを今の私が持っていないのを見て、あの子は首をかしげちゃいます。
「うん、ちょっとしてみたいことがあるから、ね?」
「そうなんです? よく解りませんけど…」
「…うふふっ、夏梛ちゃん、私のお弁当楽しみにしてくれてたんだ、嬉しいな」
「べ、別に別に、そんなことは…あぅあぅ」
 顔を赤くして恥ずかしがる夏梛ちゃんはやっぱりとってもかわいくって、自然と微笑んじゃいます。
「そ、そういえば、今日の麻美は普段どおりの服装なんですね」
 と、普段どおりゴスいおよーふくを着ている彼女が、私を見てそんなことを言ってきます?
「うん、それがどうしたの?」
「いえいえ、今日はあの場所に行くんですから制服を着ないのかな、って思いまして」
「わっ、そんな、私はもう卒業生だから着ないよ?」
「でもでも、先日は着てました」
「あれは、学園祭ライブがあったからで…」
 学生時代ほぼ毎日着ていた制服ですけれど、卒業後に着るのは…恥ずかしい、ですよね。
「そうですか…残念残念です」
「…あっ、もしかして、私の制服姿見たいって思ってくれたの? それなら、夏梛ちゃんの前だけでなら、いつでも着てあげるよ?」
「べ、別に別に、そんな…わ、私にはそんなおかしなおかしな趣味はありませんからっ。そ、それより、もう行きましょうっ」
 あんな真っ赤になって慌てられても、説得力ありません…それに、おかしな趣味って何かな?

 制服は着ずに実家を出ましたけれど、歩く道のりはそれを着て歩いた日々と同じ。
 大好きな人と腕を組んでいる、という大きな違いはありますけれど、それでも懐かしい気持ちにさせられます。
 そうしてたどり着きましたのは、果ての見えない壁に囲まれた場所の、大きな門の前…開放された門の奥には並木道がのびていて、そのずっと先に小さく建物が見えます。
 そこは、私がつい半年くらい前に卒業をした母校、私立明翠女学園。
 明治期に創設されたという歴史のある小中高一貫型の、さらに大学なども併設されている、広大な敷地を持つ学園…元々は何もない場所に作られたのでそれほど広くできたといいます。
「こうして見てみると、やっぱりやっぱりすごいすごいところです…」
 正門前で足を止めましたけれど、夏梛ちゃんは少し驚いた様子です。
 夏梛ちゃん、一昨日もきてるのに…でも、あの日は裏手の通用門から入りましたものね。
「お家のこともそうですし、やっぱりやっぱり麻美はお嬢さまなんですね…」
「もう、そんなこと…」
「…私なんかが麻美とお付き合いしてていいんでしょうか」
 と、あの子、少し不安げに…聞いたこちらも不安になる様なことをつぶやきました。
「もう、夏梛ちゃん? あれだけ私たちはずっと一緒だって言ってるのに…そんなこと、関係ないよ?」
「…むぎゅっ。あ、麻美、ごめんなさい」
 不安そうな彼女を安心させてあげたくって、ぎゅってしちゃいます。
「ううん、謝らなくってもいいけど、でも私と夏梛ちゃんはこれからもずっと一緒なんだから…んっ」
 その想いを込めて、夏梛ちゃんと口づけを交わします。
 彼女も目を閉じて、それを受け入れてくれます。
「…あぅあぅ、あ、麻美ったら、こ、こんなこんなところで…!」
 けれど、唇を離すとあの子は真っ赤になっちゃって、あたふたとそう声をあげます。
「うふふっ、夏梛ちゃんのことが大好きだから、つい」
「そ、それはそれは、私も麻美のこと大好き大好きですけど…!」
「わぁ、夏梛ちゃん、ありがとっ」
「…むぎゅぎゅっ!」
 愛しさが抑えられなくってまたぎゅってしちゃいますけど、これで私たちの関係に何の心配もないってこと、解ってもらえましたよね。
「…って、ですからですから、こんなところで何するんですっ」
 と、私の身体が引き剥がされちゃいます。
「もうもうっ、こんなところでく…口づけまでしちゃうなんて、もし誰かに誰かに見られたりしたら…!」
 正直なところをいえば、私もまさかついこの間まで通っていた学園の門前でこんなことしちゃうなんて、そんな自分に少し驚いたりしています…けれど。
「大丈夫だよ、今日は学園もお休みなんだから誰もいないよ」
 それに、悪いことをしたわけじゃありませんから、誰かに見られたとしても別にいいかな、とも思えます。
「そ、そういうそういう問題じゃ…!」
「…あらあら、そんなところでどうしましたか〜?」
 夏梛ちゃんがさらに何かを言おうとしたとき、正門の奥からのんびりした声がかかってきます…?
「は、はわはわっ、誰か誰かいました…!」「う、うん…」
 まさか人がいるなんて思っていませんでしたからびくってしちゃいながら、声のしたほうへ目を向けてみます。
「あらあら、まあまあ、あなたがたは…」
 正門脇に立って私たちを見ていたのは、高めの身長をして明るい色のスーツを着たほんわかした雰囲気の女性…って。
「えっ…如月、さん?」「どうしてどうしてそこに…お帰りになったんじゃありませんでしたっけ」
 そこにいたのは、私たちのマネージャをいていて、そして昨日事務所のある町へ帰ったはずの如月さんでしたから、二人で戸惑っちゃいました。
「あらあら、私は休日の見回りをしていたのですけれど〜」
「えっ…見回り、です?」「どうして如月さんがそんなこと…」
 にこやかにあんなこと言われて、ますます戸惑う私たち…。
「まあまあ、どうしてと言われましても…先生ですから、普通のことだと思うんですけど〜」
 えっ…今、確かにああ言いましたよね?
「夏梛ちゃん…如月さん、先生してるだなんて、どういうこと?」「そんなのそんなの、私にも解りません…」
 小声でそう言いあっちゃいますけれど、本当にどういうことなんでしょう…マネージャをしつつ先生もしている、というのでしょうか。
「あらあら、どうしたのでしょう…と、あらあら? あなたたち…」
 と、如月さん、私たちのことをじぃ〜っと見つめてきます?
「あらあら…まあまあ〜。あなたたち、先日のライブにきてくれたかなさまとアサミーナちゃんですね〜。妹からもお話はよく聞いてます〜」
 そしてそんなこと言われましたけれど、私たちと初対面みたいなこと言われてしまいました…そして他にも引っかかることを口にされましたし。
「えとえと…妹から、です?」「私たちのことを、って…?」
「あらあら、まあまあ、自己紹介が遅れました。私はこの学園の初等部で教師をしている如月葉月といいます…お二人のマネージャをしている如月睦月は、私の双子の妹です〜」
「え…えぇっ?」
 そのかたの自己紹介に、私たちは同時に驚きの声を上げちゃいました。


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