「おはようございます、灯月さん、石川さん。昨日はお疲れさまでした…昨夜はよくお休みできましたか?」
 ちょうど朝ごはんの後片付けを終えた頃に来客…いらしたのは、そう言って微笑む女の人。
 私よりも背が高くってスタイルのいい、明るい色のスーツが良く似合う大人な女性の印象を受けますけれどにこやかでやさしい雰囲気も感じるその人は如月睦月さんといって、私と夏梛ちゃんのマネージャをしている女性です。
 今回は私と夏梛ちゃんの二人で組んでいますユニットのお仕事でこの町へきましたから如月さんも一緒にきていますけれど、宿泊はここではなくって別のところに行っています。
 部屋はたくさん空いていますから如月さんも泊まってくださっても大丈夫だったのですけれど、遠慮されてしまいました…私たちに気を遣ってくださったのでしょうか。
「お二人の今後の予定なのですけれど、明後日のお昼にでも事務所で打ち合わせをしましょう」
 中へお招きしようとしましたもののすぐ帰るからとおっしゃり遠慮をされた如月さん、玄関先でそうおっしゃいました。
「えとえと、それまではどうなるんです?」「夏梛ちゃんも私も、特に収録の予定とかないですし…」
「あら、まぁ、それまではお休みということで〜。お二人とも昨日は頑張ってましたし、のんびりしてくださいね〜」
「…わぁ、本当本当です?」「あの、ありがとうございます…!」
 昨日のイベント以降の予定は未定になっていたのですけれど、今日には帰らないといけないかなって思っていましたから…夏梛ちゃんと一緒に喜びます。
 お仕事がないことを喜ぶ、というのはよくないかもしれませんけれど、でも二日のことですし、もう少しこの私が生まれ育った町で夏梛ちゃんと一緒にのんびりできる、と思うと…やっぱり嬉しくなってしまいます。
「あら、まぁ、お二人とも、こちらには明後日までいらっしゃるのでしょうか?」
「はい、私はそうしたいです…けど、夏梛ちゃんは、どう?」
 もしかしてはやくあっちに帰ってそれからのんびりしたいのかな、と少し不安にもなります。
「私も…えとえと、麻美がそうしたいって言うんでしたら、しょうがないですから一緒に一緒にいてあげます」
「…わぁ、夏梛ちゃん、ありがとっ」
「…むぎゅっ! あぅあぅ、あ、麻美ったら、落ち着いてください…!」
 少し顔を赤らめながらの彼女の言葉に嬉しくなって、思わずぎゅって抱きついちゃいました。
「あら、まぁ、お二人はやっぱりとっても仲良しですね〜」
「あぅあぅ、麻美、睦月さんが見てますから…!」
 微笑ましげな如月さんの視線にあの子は恥ずかしそうになっちゃって、そこがまたかわいいです。
「…もう、しょうがないなぁ」
 でも、あんまり困らせちゃってもいけませんから、ゆっくり身体を離してあげます。
「もうもう、麻美ったら…えとえと、睦月さん、ごめんなさい」
「あら、まぁ、気にしなくっても大丈夫ですよ? では、私は一足先に事務所へ戻りますけれど、お二人も気をつけて帰ってきてくださいね」
 そうして如月さんはにこやかに帰っていきました。

「夏梛ちゃん、明後日のお昼までお休みもらっちゃったけど、あっちに帰るのは明後日でいいよね?」
 如月さんが帰った後、さっそく二人でこれからの予定について相談です。
「ですです、それでいいと思います」
 もの町から私たちが今暮らしている町までは電車で数時間…朝に出発すればお昼の打ち合わせには十分間に合います。
「うん、それじゃ、これから何しよう?」
「そうですね…ここは麻美の地元なんですし、麻美はどこか行きたい行きたい場所とかないんですか?」
 そうは言われても、私ってあんまり外出とかしなかったですし…あっ、そうです。
「それじゃ、私立明翠女学園に行ってみない?」
「それってそれって、昨日行った麻美の母校です?」
 私が言ったのは、あの子のお返事どおりの場所…幼い頃からつい半年くらい前までずっと通っていた学び舎。
 確かに昨日、学園祭の日にも二人で行ったのですけれど、それはお仕事…学園祭ライブにユニットとして出るためでした。
 ですから、それ以上のことは何もできなかったわけで…。
「うん、夏梛ちゃんに私の通った学園をちゃんと見せてあげたいな、って思って」
 それができたらいいな、とは昨日も思いましたし、これはいい機会ですよね。
「それは私も気になっちゃいます…あ、けどけど、大丈夫です?」
 乗り気に見えたあの子でしたけど、途中で何かに気づいた様子になります。
「大丈夫、って…どうしたの?」
「いえ、部外者な私たちが勝手に勝手に入っちゃっていいのでしょうか、って…」
 あっ、そういうことでしたか…学園祭も部外者は入っちゃいけないことになっているくらいですから、ましては普通の日に入るなんてもちろんいけないでしょう。
「う〜ん、でも、私は一応卒業生になるし、そのあたりは大丈夫な気がするよ?」
「一応、って…麻美は立派な立派な卒業生だって思いますけど」
 立派っていうのもどうかなって思っちゃいますけど…気恥ずかしいです。
「それにそれに、今日はきっと学園祭の後片付けをしているんじゃないでしょうか。そんな中をお邪魔したりするのは、気が引けちゃいます」
「あっ、そっか…うん、そうだよね」
 そういうことに気がつくなんてさすが夏梛ちゃんですけど、じゃあやっぱり見学は諦めるしか…ううん、ちょっと待って。
「そういえば、明日は学園は休日になるはず」
 毎年そうなっていましたし、今年もそうなっているはずです。
「だから、見学は明日にしよっか」
「ですです、解りました、麻美が大丈夫だっていうんでしたら信じますけど、ではでは今日はどうします?」
「う〜ん、そうだね…」
 学生時代にお世話になった人たちに会いに行く、というのは…ううん、私、学園以外で会ったことありませんからお家とか解りません。
 じゃあ今日はこのままお家でのんびり…するのもいいですけど、でも何かもったいない気もしちゃいます。
「でしたらでしたら、ちょっとお散歩に行きませんか?」
 私がちょっと考え込んじゃっていますと、あの子がそんなこと言ってきました。
「えっ、お散歩?」
「ですです、外はとってもいいお天気ですし、学校以外のところも見てみたいですし…ダメですか?」
「そんな、ダメなわけないよ…うん、それじゃそうしよっ」
 他にいい案は思い浮かびませんでしたし、それに彼女からの提案なんですから…断る理由はありません。
「うん、それじゃさっそく準備しなきゃ」
「準備、です? すぐにすぐに出発してもいいと思うんですけど…」
「ううん、せっかくだからお弁当を作ろうかな、って」
 首をかしげる彼女にそう言って微笑みます。
「わぁ、麻美の作ったお弁当…ですです、そうしましょう」
 とっても喜んでくれる夏梛ちゃんを見ると、とっても張り切っちゃいます。


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