あの日の約束 -序幕
―私、石川麻美の母校、私立明翠女学園で行われた、私と夏梛ちゃんのライブも無事終わり、私たちはまた日常に戻ります。
でも、それは今までとはまた違った日常。
だって、あのライブの中で私がお願いしたこと…夏梛ちゃんが、受け入れてくれたんだもの。
「今日は夏梛さんと麻美さん、お二人にお知らせがあります」
ライブの後にいただいたお休みも終わって今日は普通に二人一緒で事務所へ行ったのですけれど、そこでマネージャの如月睦月さんがそう切り出してきました。
「お二人の公式ホームページを今日から本格的に始動しまして、それにあたってお二人にはそれぞれブログを書いてもらいたいんです」
ブログというと、あれですよね…ウェブ上に公開される日記の様なもの。
如月さんは書けるときに気楽に書いてくれればいい、と言ってくれましたけれど…。
「はぅ、ちょっと難しそうです…」
「相変わらず麻美はパソコンとか携帯の操作が苦手苦手なんですね…ダメダメです」
「ご、ごめんね、夏梛ちゃん…」
如月さんに操作方法などを説明してもらってもよく理解できなかった私に、夏梛ちゃんは呆れ顔です。
夏梛ちゃんはこういうの、苦手じゃないみたいなんですよね…。
「えっと、もしよかったら、夏梛ちゃんに操作方法を教えてもらいたいな、とか…なんて、ダメかな?」
「むぅ、しょうがないですね、こんなこんなことで如月さんに手間を取らせるのもいけませんし…い、いいですよ?」
「わぁ…夏梛ちゃん、ありがとっ」
嬉しくって、そのままぎゅっと抱きついてしまいます。
「はわっ、あ、麻美っ? こ、こんなのこんなの喜ぶ様なことじゃないですし、それにそれに如月さんも見てるのに…!」
「まぁ、そんな、私のことは気にしなくってもいいですよ?」
微笑みを浮かべて私たちのことを見守る如月さん…と、そうでした、如月さんに言っておかなくってはいけないことがあるんでしたっけ。
「うふふっ、許可がもらえてよかったね、夏梛ちゃん」
「そっ、そうですね」
如月さんとお話しをした後、私たちは事務所の一室にあるパソコンを借りることにして、他に誰もいないそのお部屋にきて…微笑む私に対し、夏梛ちゃんは真っ赤です。
「もう、夏梛ちゃんったらかわいいんだから」
「はぅはぅ、そ、そんなことより、ブログの書きかたを教えてあげますから…は、はやくパソコンの前に座ってください」
「うふふっ、は〜い」
せっかく夏梛ちゃんが教えてくれるんですから、大人しく二台あるパソコンのうちの一台の前へ座りました。
「こんなのは口で言うよりも実際にやってみたほうがはやいはやいです」
すぐ隣にあるパソコンの前に座った彼女はそう言ってパソコンを操作していきます。
私もぎこちないながらも説明の様に操作をして、用意してもらっていたブログの編集画面にまで何とかたどり着けました。
「あとは記事を書いてこのボタンを押すだけですけど…さっそく何か書きましょうか」
「えっ、書くって…何を?」
「さっき如月さんが言ってた通り、何だっていいんですよ? あ、でもでも、不特定多数の人に見られちゃう、っていうことは考慮考慮しなくっちゃいけませんからね?」
そうして夏梛ちゃんは何か書きはじめましたけれど、どうしようかな…?
えっと、はじめての記事なんだから、まずは挨拶からですよね…。
「うんうん、挨拶から入るなんて感心感心です。でもでもこの調子じゃまだまだ時間かかりそうですし、私はちょっと練習に行ってきますね?」
私はまだ出だししか書いていなかったんですけれど夏梛ちゃんはもう全部書き終えたみたいで、そう言うとお部屋を後にしてしまいました。
うぅ、キーボードで文字を打つのに時間がかかります…携帯電話のボタン操作でも同じで、普段全然使わないから…。
「そういえば、夏梛ちゃんは何を書いたのかな…?」
ちょっと隣のパソコンを見てみると、どうやらもう公開していい今後のお仕事の予定を書いたみたいです。
う〜ん、でも私のお仕事の予定ってなると、ユニットとしてはもちろん夏梛ちゃんと一緒になっちゃうし…うん、やっぱりあのことですよね。
「麻美、そろそろ終わりましたか?」
キーボード相手に悪戦苦闘してますと、夏梛ちゃんが戻ってきました。
「あっ、うん、ちょうど今書き終わったところだよ?」
編集終了のボタンを押しながらお返事します。
「そうなんですか、どんなどんなことを書いたんでしょう?」
さっそく隣のパソコンで私のブログを読んでくれる彼女ですけれど…見る見るうちにお顔が赤くなっていっちゃいます。
「な、なな、何です何です、これはっ?」
「えっ、何って、私の近況報告だよ?」
「だ、だからって、えっと、わ、私たちが一緒に暮らすなんて、そんなそんなこと書かなくっても…!」
そう、私の記事はそんな幸せいっぱいの内容なんです。
このことは先日の学園祭ライブでたくさんの皆さんの前で言いましたから、わざわざ隠さなくってもいいことですよね。
それにさっき如月さんに報告しましたら、今日と明日をお引越しに使っていいなんて言われたんですから、もういてもたってもいられません。
「うふふっ、もう、私たちは皆さんにも事務所にも公認された仲なんだから、何も恥ずかしがらなくってもいいのに」
「そ、そういう問題じゃありません…!」
じゃあどういう問題なのかな…でも、こういう夏梛ちゃんもかわいいから気にしなくってもいいかな。
「それより、さっそくお引越しの準備しよ? 夏梛ちゃんが私のマンションにきてくれる、っていうことでいいんだよね?」
「は、はぅ、麻美ったらそんなにはしゃいで…本当本当、しょうがないんですから…!」
もう、そうやって照れ隠ししちゃう夏梛ちゃんもかわいすぎます。
そんな大好きな夏梛ちゃんと、これから一緒に暮らせるんですよね…もう、これ以上ないってくらい幸せなことです。
-fin-
ページ→1