それから

 ―数ヶ月前に卒業したばかりの母校で行った学園祭ライブも無事に終わった、その翌日。
「今日もいいお天気になってよかったね、夏梛ちゃん」
「そうですね…じゃあ今日は案内のほう、よろしくお願いしますね」
「うん、任せておいてよ」
 そんな会話を交わす私と夏梛ちゃんは再び私の母校、つまり私立明翠女学園の門前に立っていました。
「それにしても、これは立派立派な並木道です…ずっと奥に見えるのが、昨日ライブをした講堂ですか?」
「うん、そうだよ」
 昨日はひっそりと通用門から入りましたけれど、今日は学生時代に使い慣れた正門前にいるんです。
「こうして見ると、やっぱりやっぱり麻美はお嬢さまなんですね…」
「もう、そんなこと…じゃあ行こう、夏梛ちゃん?」
 私と夏梛ちゃん、手をつないで正門を通り抜けました。

 夏梛ちゃんに私が長く過ごした私立明翠女学園を案内してあげたい。
 昨日、つまり学園祭の日は叶わなかったそれですけれど、願いは案外はやく、その翌日には叶うことになりました。
 それは、今日はお仕事のお休みをもらえた上、学園のほうも学園祭の翌日ということでお休みになっていて、授業など行われていないから。
 学園について、本来関係者以外は立ち入り禁止なのですけれども、卒業生なのですから大丈夫ですよね…きっと。
「ここはとてもとてもいい環境ですね。こんなこんなところに通っていたなんて、麻美がちょっと羨ましいです」
「そうかな、ありがと」
 休日ということで人の姿がほとんどない中をのんびり歩いていきますけれど、夏梛ちゃんもこの場所を気に入ってくれたみたい。
 夏梛ちゃんと今こうしてくるのではなく、学生時代に一緒にここへ通えていたら、もっと楽しかったかな…?
 ううん、学生の頃の私じゃ夏梛ちゃんに声をかけることなんてできなかったって思いますし、夏梛ちゃんもあんなに地味で目立たなかった私のことなんて気にも留めなかったかと思いますから、きっと何の接点もないまま卒業を迎えていましたよね。
 そう考えると、今こうして私が夏梛ちゃんと一緒にいられるのってとっても、本当にとっても幸せなことなんですねって、心から思います。
「…麻美、どうしたんですか? 手に力が入ってますけど…」
「あ、ごめんね、何でもないよ?」
 いけないいけない、つい夏梛ちゃんの手を握る力が強くなっちゃいました。

 二時間くらいかけてのんびり外を歩いた私たち、高等部の校舎へ入りました。
 初等部や中等部の校舎へ行ってもいいんですけど、やっぱりそこが一番記憶が新しいですし、それに思い出深いですから。
 中でも一番思い出深い場所といったら、やっぱりあそこですよね。
「こちらの校舎は新しい感じですね。でもでも、どこに行くんです…音楽室も過ぎちゃいましたよ?」
 教室棟から特別棟、そして二階へ…懐かしさを覚えずにはいられませんけれど、どんどん廊下の突き当りへ向かうものですから夏梛ちゃんは不思議そうです。
「うん、ここが、私がこの学園を卒業するまでの間、声の練習などに使っていた場所なんです」
「それって、この扉の奥が、っていうことですか? 学校で練習していたなんて意外意外ですけど、ここは一体何の部屋なんですか?」
「それは、入ってみたら解るよ」
 もしかしてあの子はいるのかな、なんて思いながら、廊下の突き当たりにある扉をそっと開いてみました。
「それじゃ今日も…って、ふぇっ?」
「あによ、ヘッドったらいきなりおかしな声出したりして、どうしたの?」
 扉の先では二人の女の子が机を挟むかたちで座っていたのですけれど、扉が見える側に座っていた子が私に気付いて驚きの声をあげてしまいました。
「あっ、ごめんなさい、松永さん。驚かせちゃって…それに、こんにちは」
「は、はわわっ、い、石川先輩、こんにちはです…!」
 こちらが挨拶をすると慌てて立ち上がったのは、昨日の学園祭ライブで司会を務めていた、そして私が卒業をする前からこの部屋を同じ目的のために使っていた女の子、松永いちごさん。
「あれあれっ、そこにいる子って昨日の…」
「って、はわわわっ、か、かなさままで…!」
 私に続いてスタジオへ入ってきた夏梛ちゃんの姿を見て、彼女が完全に固まってしまいました。
「あによ、誰がきた…って!」
 一方、私たちに背を向けるかたちで座っていた人は不思議そうにこちらへ顔を向けて、やっぱり固まってしまいました。
「あっ、こんにちは…その、お邪魔してしまいましたか?」
 対する私もちょっと遠慮気味…だって、そちらの子はこれまで会ったことのない、知らないかたでしたから。
「あっ、えっと、そ、そんなことありません。まさかあのかな様とアサミーナがいきなりこんなところに現れるなんて思ってもいなくって、驚いちゃっただけですから」
 よく見ると机の上には私たちのことが載っている雑誌があったりして、この子も声優などに興味のある子なのかな…と考える間もなくその子が立ち上がりました。
「あの、はじめまして、私は高等部一年の冴草エリスといいます」
 そう名乗った彼女は夏梛ちゃんと同じくらいの背をした、長めの髪をツインテールにして、そしてややつり目気味の女の子。
 私と入れ替わりで高等部へ入ったかたちになりますから、私が知らないのは当たり前です。
「は、はわわ、えっと、石川先輩とかなさまは、どうしてこんなところに…?」
 まだ少し落ち着かない様子ながら松永さんがたずねてきました。
「うん、今日はお仕事がお休みですから、夏梛ちゃんにこの学園の案内をしていたの。夏梛ちゃん、ここが昔練習に使っていたスタジオなんだよ」
「ずいぶんずいぶん立派なスタジオですね。それで、麻美はここでその松永さんって子と一緒に練習していたんですか?」
「う〜ん、私はお昼休み、松永さんは放課後に練習していたから、一緒にってなると休日くらいしかできなかったけど…」
「そ、そうでしたか…」
 あれっ、夏梛ちゃんの様子がちょっと…?
「あっ、もしかして、やきもちやいちゃった? もう、私には夏梛ちゃんしかいないのに、かわいいんだから」
「そ、そんなそんなわけありません…って、わわっ、抱きつかないでください…!」
 思わず夏梛ちゃんの背後に回ってぎゅっと抱きしめちゃったんです。
「わぁ、石川先輩とかなさまはやっぱりラブラブなんですねっ」「そりゃそうでしょ、昨日舞台の上であんなことしてたんだし」
 そんな私たちのことを、松永さんたちは微笑ましげに見守ってくれました。


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