終章

 ―色々とありました暑い夏の気配もようやく遠のき、髪をなびく風にも涼しさを感じられる様になった季節。
「わぁ、ここが麻美の通っていた学校なんですね。素敵な素敵なところです」
「うん、ありがと、夏梛ちゃん。私も、この学園の雰囲気は大好きなの」
 澄み切った青空の下、私と夏梛ちゃんは事務所のある町から電車で数時間の距離にある小さな町の中心にある、たくさんの木々に覆われた広大な敷地を持つ学校の前に立っていました。
 ここは、今年の春に私が卒業をした私立明翠女学園。
 卒業してからここへ戻ってきたのははじめてですから、感慨深い…気持ちには、あまりなっていません。
「でも、せっかく夏梛ちゃんと一緒にきたのに、こんな通用門からこっそり入るのはちょっと残念です」
 そう、私たちが今いるのは通い慣れた正門ではなくこれまで一度も使ったことのない場所なのですから、それも当然です。
「それはしょうがないです。私たちは遊びにきたわけじゃないうえ、サプライズゲストっていうことになっているんですから」
 こんなかたちでここに戻ってくるなんて想像もしていませんでしたけれど、とにかく私たちがここへきていることは、今のところは理事長さんなどごく一部の人しか知りません。
 綾瀬先生や松永さん、藤枝さんなどに挨拶もしていきたいところですけれど、それはお仕事が終わった後にしましょう。
 でも、こうやって学園にまで戻ってきたんでしたら、皆さんにお会いする他にも…。
「夏梛ちゃんに、学園の案内をしてあげたかったな…」
 私が長い時間を過ごしたこの場所、大切な人に知ってもらいたい…そう思うのは、当然ですよね。
「そ、それは私もちょっと興味津々ですけれど、さすがにさすがに今日は難しいと思いますし、またの機会にお願いします」
「うん、そうだね。じゃあ、いずれは夏梛ちゃんの通っていた学校、それにご実家にも行きたいな。昨夜は、私の実家に泊まってもらったわけだし」
 昔は夏梛ちゃんの過去を知るのが恐いとも思ってしまいましたけれど、今はそんなことありません。
 それに、昨夜のことを思い出しますと、自然と頬が緩んじゃいます。
「わっ、私の実家は麻美のお家みたいに立派じゃありませんし、それにそれに…それよりそれより、あんまりのんびりしていてもいけませんし、そろそろ行きましょう…!」
 私の考えていることを察したみたいで、彼女は顔を赤くして急かしてきました。
 もう、夏梛ちゃんは相変わらずかわいいんだから…しょうがないなぁ。
「うん、じゃあ行こっか、夏梛ちゃん」
 私と彼女、手をつないで一緒に通用門を抜けていきました。

 夏梛ちゃんは、つい先日放送がはじまったアニメで主人公役を演じたりと、声優さんとしてどんどん活躍していて、私が会員番号一番な公式ファンクラブも順調に会員を伸ばしています。
 一方の私はもちろん夏梛ちゃんには遠く及びませんけれど、ゲームやアニメのサブキャラクターの声などいくつか担当させてもらっていて、また私たちのデビュー作でしたゲームのwebラジオのメインパーソナリティまで務めさせてもらっています。
 お互いに収録やイベントなどのために離れ離れになってしばらく会えなくなってしまうこともあって、それは確かにさみしいのですけれど、ちゃんと我慢しています。
 私と夏梛ちゃんは距離が離れていてもお互いに信じあえる、強い絆をもった関係ですし、それに…二人のユニットも順調に活動をしていますから。
 私たちのユニットは夏梛ちゃんが主人公役を務めるアニメの主題歌を歌ったりしている他、何度かミニライブを行ったりイベントに出演させてもらっています。
 しかも、私たちの関係は事務所のほうもある程度容認していまして、それどころか百合ップルということで宣伝していたりもしていて、私たちは公然と仲良くできたりするんです。
如月さんが言うには、夏梛ちゃんが私のことを好きだなんていうことは誰が見ても解ったことだそうで…確かに夏梛ちゃんがツンツンした態度を取るのは私に対してだけだったりするのですけれども、ともかく今でも夏梛ちゃんと一緒に色々な活動ができたりしていますし、幸せいっぱいです。
 今日、私の母校である私立明翠女学園を訪れたのも、ユニットとしての活動の一環…学園祭でライブを行うことになっているんです。
 学園祭でのライブなんてはじめての経験ですけれど、母校で行うことになるなんて…舞台となる大きな講堂の袖で待機する段になって、一気に緊張が増してきました。
「うわ…ちょっとちょっと、あの草鹿彩菜さんって人、歌が上手上手すぎです…」
 隣で舞台上の様子をうかがう夏梛ちゃんが感嘆の声をあげるのは、私たちのライブの前に舞台で行われているライブを見て。
 それはこの学園、そして姉妹校である燈星学園という学校の両生徒会役員が中心となって演奏し、私が高等部三年生だった頃の生徒会長さんでした草鹿さんが歌を歌っていたのですけれど、草鹿さんの歌声が…天使の歌声、という形容がぴったりなほどすごいものだったのです。
 もう、少し後ろに控える如月さんがスカウトを考えるほどの歌声…。
 この次に私たちの出番なわけですけれど、こんなすごい歌声の後に出て大丈夫なのかな…舞台には藤枝さんもいたのですけれど、それを気にする余裕もないくらい不安になってきちゃいました。
「…大丈夫、大丈夫です。私と麻美だって、負けないくらい素敵ですし…麻美にとっては、凱旋ライブなんですから」
 そんなことを言われるとますます緊張しそうですけれど、彼女が私のことを気遣ってくれているという嬉しさのほうが大きく、少し気が楽になりました。
「これで草鹿彩菜さんと明翠・燈星両生徒会によるスペシャルライブを終了します」
 いつしか大歓声のうちにその素敵な歌声でしたライブも終わり、アナウンスが会場に響きます。
「これが麻美の後輩さんだっていう子の声ですか…なかなか悪くありませんね」
 この場の司会を務めているのは、去年に引き続き松永さん…その声を聴くと、一気に懐かしい気持ちになってきました。
「では、本日の演目は…って、あれっ? 次のページがありますけど、こんなの予定に…え、ふぇっ!?」
 と、その松永さんのアナウンスが間の抜けた声をあげてしまい、会場もざわついているのが伝わってきました。
「…麻美、そろそろ出番みたいです」「うん、夏梛ちゃん」
 お互いにうなずき合い、そして大きく深呼吸…。
「え、えっと…つ、次はスペシャルゲスト『かなさまとアサミーナ』のライブですぅ!」
 叫ぶかの様なアナウンスを合図に、私たちは手をつないでステージへ躍り出ました。


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