「夏梛ちゃんと離れるのはさみしいけど、ずっと会えなくなるわけじゃないんだし…我慢するよっ」
「そ、そんなの当たり前ですっ。あとあと、私が他の声優さんとかと仲良くしたりするのにやきもちをやくのも、我慢我慢してくださいねっ? 声優さん同士とかの交流も大切大切なものなんですから…麻美には逆にもっと色んな人と交流を深めてほしいくらいです」
 はぅ、そうは言われても、私ってちょっと人見知りしちゃいますし、それに相手が夢の舞台に立ち活躍されていらっしゃるかたがたならなおさら緊張で尻込みしてしまって…って、や、やきもち…?
「も、もしももしも私がやきもちやいちゃうかも、なんて考えているんでしたら、心配心配いりません。わ、私は麻美と違って大人ですし、麻美の気持ちも信じてますからっ」
 さらにそうまくし立てられましたけれど、そんな彼女の顔は真っ赤です。
 …え、えっと、それってつまり、私が他の声優さんと仲良くしたりしていたら、っていうこと…?
「わ、私の気持ち、って…?」
 私の心を見透かした様なことを言われたり、私はただただ戸惑ってしまうばかり…。
「むぅ〜っ、麻美の、私を想ってくれている気持ちですっ!」
 そんな私に苛立ったのか叫ぶ様な声をあげられちゃいましたけれど…えっ?
「そ、それって…私が夏梛ちゃんのことを好き、という気持ちのことですか…?」
 真っ赤な顔で強くうなずかれました。
「ど、どうして、そんなこと知ってるの…?」
「そんなのそんなの、麻美の態度を見たら誰だってすぐ解りますし、それにそれに…!」
 こ、これでも想いを抑えているつもりだったのに、そんな即答されるほど完全に筒抜けだったなんて…本当に、夏梛ちゃんには私の考えていることなんて全部解ってしまっているんですね…。
「そ、それに…?」
 ま、まだ何かあるのかな…不安や緊張、色々な想いが交錯する中でおそるおそる訊ねました。
「そ、それに…もう、もうもうっ、言わなきゃ解らないんですかっ?」
 悲痛ささえ感じる彼女の言葉に応えられないのが、つらいです…。
「そ、そうは言っても、麻美は自分の想いを抑えるだけでいっぱいいっぱいだったみたいですし、それにそれに元々他人からの目に自信ないみたいですから、解らなくってもしょうがないですよね…」
 うっ、また私のことを完全に見透かされてしまいました…ううん、今はそんな場合じゃ…!
「も、もうもうっ、私だって…私だって、麻美と同じ想いなんですからっ!」
 涙をあふれさせながら、そしてまっすぐに私を見つめた彼女の言葉を受けて…私の頭の中は、今までになく混乱してしまいました。
 だって、私と同じ想いというとあれになりますけれど、そんな夢みたいなこと、あり得るの…?
「ま、まだ解らないんでしたら、私…私、麻美のことなんか、嫌いになってやるんですからっ!」
 呆然と固まってしまいましたけれど、そんなことをしている場合じゃない…彼女の言葉に、応えなくっちゃ…。
「か、夏梛ちゃん…。夏梛ちゃんも、私のこと…好きでいて、くれたの…?」
「そっ、そうですっ、ずっとずっと、はじめて会ったときから、麻美のことが好きだったんですっ。だっ、大好きなんですからっ!」
 それはまさに、本心からの叫び…夢でも、幻や偽りでも、ありません。
「で、でも、夏梛ちゃんみたいな素敵な子が、私なんかに…そんな…」
 対する私の口から出てしまったのは、戸惑いの呟き。
 それも確かに私の本心を表していて…だって、夏梛ちゃんがお友達やユニットのパートナーとしての好感は持ってくれているとは感じていましたけれど、それ以上の感情を抱いてくれていたなんて、夢みたいなことすぎて想像できませんでした…。
「麻美のバカ…バカバカっ!」
 怒ったかの様な声をあげた彼女…次の瞬間、私に抱きついてきてしまいました。
「麻美はそうやってはじめから諦めてたんですねっ。でもでも、オーディションを合格しているんですし、もっともっと自分に自信を持ってください…麻美は、私の初恋を奪っちゃうくらい素敵なんですからっ」
 泣き叫ぶ彼女の抱きしめてくる手が痛い…でも、胸の中はもっと…。
「麻美が私の想いに気付いてくれるか、自分の想いをはっきり伝えてくれるまで我慢我慢しようって思っていましたけれど、もう…もう、我慢できませんっ! 私だって、麻美と離れ離れになったりするなんてさみしくって、でもでも我慢してるんですっ…!」
「ごめん…ごめんね、夏梛ちゃん…」
 抱きしめ返す私の目にも、涙が浮かんでしまいます。
「私、夏梛ちゃんの言うとおり自分の気持ちだけで精一杯で、夏梛ちゃんの想いにまで気が回らなかった…。それに、今の関係を壊したくないって思って、気持ちを抑えることばかり考えてた…」
 私の心は苦しかったけれど、夏梛ちゃんはもっと苦しかったよね…。
「も、もうもう、いいです…麻美は鈍感鈍感だって解ってたのに待とうとした私が、バカなんですから…」
「そ、そんなっ、バカなのは私のほう…本当に、ごめんね…」
 彼女の想いに気付けなかった情けなさ、彼女を苦しめてしまった悲しさ…色々な想いが、涙となってあふれてきます。
「だ、だからだから、もういいんです。本当本当に、麻美は泣き虫さんなんですから…」
 と、ゆっくり身体を離した彼女が、そっと私の涙をぬぐってくれました。
 こんなこと、事務所ではじめて会ったときにもありましたっけ…あのとき、私はすでに彼女に惹かれてて…。
「う、うん、夏梛ちゃん…私、夏梛ちゃんのことが大好きなの」
 私からもそっと彼女の涙をぬぐい、そしてまっすぐに見つめます。
「ずっと、夏梛ちゃんのそばにいたい…この想い、諦めなくってもいいんだよね…?」
 私の夢は、声優さんになることでした。
 その夢が叶ったとき、それよりも大きな、でも叶わないかなとはじめから諦めてしまった夢が、できていたんです。
「…す、好きに好きにしたらいいですっ。私の想いは、麻美と同じなんですから…!」
 顔を真っ赤にしながらも見つめ返してくれる彼女を見て、その夢が叶ったと、はじめから諦めたりしていてはいけないって、はっきり解ったんです。
 私の夢、それは…目の前にいるとってもかわいい、愛しい女の子、夏梛ちゃんと幸せになること。
「夏梛ちゃん…愛して、ます…」
「は、はい、私も…麻美…」
 目を閉じた私たちは、お互いの想いを重ね合わせるかの様に、あつく唇を重ね合わせました。

「はぅ、夏梛ちゃんと口づけ…幸せです…」
 長い口づけを終えても、私の頭の中はそのことでいっぱい…夢心地です。
「も、もうもう、何をいつも以上にほわんほわんしているんですっ。ま、まだまだ安心するのははやいんですからねっ?」
 一方の夏梛ちゃんは顔は赤いもののいつもの感じ…そんなところもかわいいです。
「こ、こんなこんなこと、事務所に許されるか解りませんし…!」
 そういえば、アイドルは恋愛ご法度というのが基本ですし、ましては女の子同士のものとなると理解すらしてもらえないかもしれません…私が夏梛ちゃんに気持ちを告白できなかった理由の一つがそれですし、彼女の言うとおり前途は多難かも…。
 でも、夏梛ちゃんと二人なら何だって乗り越えられるよね、うん…と、そんなことを考え気合を入れる私に、彼女が続けてとんでもないことを言ってきたんです。
「だっ、第一、キスなんかでそんなそんな…キスなんて、この間もしたじゃないですか…!」
「…え? こ、この間って、まさか…で、でも、あのとき夏梛ちゃんは眠っていたはずです…!」
 私が過去に口づけなんてしたのはあの日、森の中で眠っている彼女に一度しただけなんですけれど、それは私だけの秘密のはず…!
「あ、あんなの、眠ったふりに決まってますっ」
「そ、そうだったの…」
 その後の彼女の態度は普通でしたし、気付かれていたなんて夢にも思いませんでした…。
「わ、私だって、心の中ではどきどきしていたんですから…!」
 それを表に出さない演技力はさすが、ですよね…私も頑張らないと。
「で、でもでも、その…あ、麻美がしたいっていうんでしたら、あんなこそこそせずにしてくれて、いいんですからね…!」
「わぁ…うん、夏梛ちゃん、ありがとっ」
 そう、声優に演技力は大切ですけれど、ここではそんなものはいらない…本心のままでいて、いいよね。
 これからは、夏梛ちゃんを愛しいって思う気持ち、もう抑えたりしない…ぎゅって抱きしめちゃいます。
「夏梛ちゃん、大好きっ」


    (第6章・完/終章へ)

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