朱星雀さんたちが巫女として務める、町でも特に立派で大きな海沿いの神社では、毎年七月の末に夏祭りが行われます。
 夜には花火が打ち上げられたりとかなり大規模なお祭りとなるのですけれど、同じ町にあります私の所属する事務所もそのお祭りに毎年参加をしていて、夕方…その花火大会が行われる前にミニライブをしているんです。
 夏梛ちゃんと私との二人で結成され、私たちが声優としてデビューしましたあのゲームの挿入歌のCDもつい先日発売されたユニットも、そのミニライブに参加することになっていて、CDが発売した際に記念の握手会はしましたものの、そうしたライブの類ははじめてなことです。
 お祭り当日は見事に晴れ、暑さは厳しいものの夕方にはやや和らぐと思いますし、絶好のお祭り日和ではないでしょうか。
「はぁ…」
 そんな中、事務所の皆さんとの挨拶や最終リハーサルを終え、控室にと用意してもらえた神社内の建物の一室へ入ったところで、思わずため息が出てしまいました。
「麻美、どうしたんですか? ずっと外で暑さにやられちゃったんでしょうか…でもでもここは冷房もかかってて快適快適ですよ?」
 一緒にお部屋へ入った夏梛ちゃんが椅子に座って用意されていた飲み物へ手を出しながら訊ねてきます。
「あっ、ううん、そういうわけじゃないよ?」
「じゃ、先輩さんとかに囲まれて緊張緊張しちゃいましたか? でもでも、ここは贅沢にも個室になってますから、気を楽にできますよ?」
「ううん、そういうわけじゃ…」
「じゃあじゃあ、もう本番のことを考えて緊張緊張しちゃってるんですね? 全く全く、はじめてのライブですから気持ちは解らなくはないですけれど…」
「う〜ん、それはちょっとだけある、かな?」
 握手会でも一応私の存在は認知はされていましたけれど、まだまだ夏梛ちゃんのおまけっていう感じがしますし、ライブでは何とか足を引っ張らない様にしなきゃ…って思いますと、緊張といいますか気が張ります。
「ちょっとだけ、なんですか? でもでも、他にため息をついちゃいそうなことなんてあるんですか?」
「うん、とっても重大なことが…」
 それを思うとまたため息が出ちゃいますけれど、とにかく落ち着かなきゃ…私も椅子に座って、飲み物を口にします。
「重大なこと、って何です? そんな大切大切なことなら、私にも言ってください」
「うん、ありがと、夏梛ちゃん」
 こうして一緒にユニットを組んでから、彼女との距離がさらに縮まった気がします…私のことなんかをあんなに心配したりしてくれることが嬉しくって、自然と微笑んでしまいます。
「な、何です何です、お礼なんていいですから、はやくはやく話してください」
「うふふっ、うん」
 恥ずかしそうにして慌てる夏梛ちゃんもかわいくって大好き…それだけに、よりこのことでため息が出ちゃいそうになります。
「えっとね、今日って私たちはライブだけど、みんなは夏祭りですよね。私も夏梛ちゃんと一緒にお祭りを楽しみたかったな、って思うとさみしくなっちゃって…」
 ライブが終わった後もお祭りは続いているんですけれど、私たちが人ごみの中に入るのは危険ってマネージャさんに止められちゃって…確かにライブに出てみんなに思いっきり顔を見られる夏梛ちゃんをそんな中に放り出すのは私も心配ですけれど、でもやっぱり残念なんです。
「…え? 麻美ったら、何を悩んでいるのかと思ったら…心配心配して損しました」
 一方の夏梛ちゃんもため息をついちゃいましたけれど、それは呆れたといった様子で、でした。
「わっ、ひどいよ、夏梛ちゃん。夏梛ちゃんは、お祭り楽しみたくなかったの?」
「それはそれは私だって麻美と一緒にお祭りに行きたいですっ」
 強い口調でそう言ってすぐに顔を真っ赤にしちゃう彼女ですけれど、私と一緒にだなんて…。
「夏梛ちゃん…嬉しい」
「わわわっ、今のは別に別に…それより、お祭りに行けないのはしょうがないことなんです。私たちは仮にもアイドルユニットなんですから、そういうことは諦めなきゃいけないんですよっ?」
 照れ隠しなのかさらに強い口調でそう言われてしまいました。
「うん、そうだよね…わがまま言ってごめんね、夏梛ちゃん」
「べ、別に別に、解ればいいんですっ」
 お祭りは残念…だけど、夏梛ちゃんにあんなことを言ってもらえただけでも、満足かも。
 自分の心にそう言い聞かせて何とかお祭りのことは諦めましたけれど…そうだ。
「ねぇ、夏梛ちゃん。ライブでの私たちの衣装は浴衣になる、って如月さんが言ってましたよね」
 夏梛ちゃんの服装といえばゴスいおよーふく、普段からそうなのですから当然声優やユニットの活動時もその服装でいて、彼女の個性の一つにされています。
 ですからライブ時も基本的にはそうするところなのですけれども、今日は夏祭りのイベントの一環として行われるものなのですから、そちらのほうが自然そうです。
「そういえばそうらしいです…って、机の上に置いてあるのがそうなんじゃないですか?」
 あの子の向けた視線の先へ私も目を向けると、そこにはちょうどよく浴衣が二着たたんで置かれていました。
「あっ、本当ですね。それじゃさっそく着替えてみようよ、夏梛ちゃん」
「そんなこと言って、麻美は着付けができるんですか?」
「うん、色々習い事してたから、着物の着付けも完璧だよ。だから、夏梛ちゃんにもちゃんと着させてあげるね」
 今日このときほど習い事をしていてよかった、と感じるときはありません。
「えっ、い、いえ、それは遠慮遠慮します…!」
 もう、そんな顔を赤くして慌てたりして、かわいいなぁ。
「じゃあ、夏梛ちゃんは着付けできるの?」
「そ、それはそれは…でもでも、こういうのってスタイリストさんとかが…」
「大丈夫だよ、私でも十分できるから、ね?」
 席を立ち歩み寄る私に観念したか、あの子は顔を赤くしたままため息をつきました。
「…へ、変なことしないでくださいねっ?」
「もう、そんな、夏梛ちゃんったら、そんなことするわけないよ?」
 あんまり暴走して嫌われたりしたら大変ですし、それに…夏梛ちゃんの服を着せ替えできる、というだけでもあまりに幸せすぎます。
「な、何か恐い恐いんですけど…麻美がそう言うんでしたら、はやくお願いします」
 なぜか少しおどおどしながら彼女も立ち上がります。
「うん、じゃあさっそく…」
「…って、あ、麻美っ? 脱ぐのは自分でしますから…!」
 もう、そんなにかわいらしくされると…我慢できなくなっちゃいます。
「夏梛ちゃん、かわいいっ」
「…はわっ! も、もうもう、何してるんです…!」
 高鳴る胸を抑えきれなくって、彼女のことをぎゅっと抱きしめてしまいました。
 うふふっ、夏梛ちゃんもどきどきしてる…お互いの鼓動が伝わりあって、さらにどきどきしちゃいます。
「も、もうもう、変なところまで成長しちゃって…こんなことするなら、はやくはやく…」
 と、私の胸の中で何か呟かれちゃいましたけれど、最後のほうは全く聞き取れませんでした。
「…夏梛ちゃん、どうしたの?」
「な、何でも何でもありませんっ。それよりそれより、着替えさせてくれるんでしたらはやくはやくしてくださいっ」
 わぁ、脱がせるのも私がしてもいいんですね…俄然張り切っちゃいます。

「夏梛ちゃん、お疲れ様」
「そういう麻美こそ、お疲れ様でした。はじめてのライブはどうでしたか?」
 すっかり日も落ち暗闇が当たりを包み込んだ中、私と夏梛ちゃんは浴衣姿のまま社殿の端に腰かけ空を見上げながら言葉を交わしています。
 お祭りの喧騒はここまで届いているものの、屋台などの出ていないこちらへくる人はそういないみたいで、今は二人きり…海岸で打ち上げられている花火を眺めているんです。
 屋台を回れなかったのは残念でしたけれど、こうして夏梛ちゃんと一緒に花火を見ることができたんですから、それだけでも十分幸せ。
「うん、はじめは緊張したけど、歌っているうちに楽しくなってきちゃった」
 打ちあがる花火を眺めながら、少し前にあった夢みたいな時間のことを思い返します。
 夕暮れ時、この神社のそばの海岸に用意された特設ステージにて行われた事務所のライブ…そこで、私たちははじめてステージの上で、そして大人数を前にして歌いました。
 私たちのユニット名は、今回は『kasamina』といって私と夏梛ちゃんの名前を重ねた感じのものですけれど、特にそれに固定することなく、そのときどきで夏梛ちゃんがつけていくかたちにしよう、ってなっています。
 ともかく、そんな私たちの出番は一番はじめ…もちろん、少しのことでも緊張してしまい、また過去にこんなたくさんの人の前で何かをしたことなんてない私ですから、はじめはとっても緊張しました。
 けれど、隣で明るく元気に歌ったり踊ったりする夏梛ちゃんを見ているといつの間にか緊張は消え、彼女と同じ舞台にいられることの楽しさや幸せのほうが大きくなっていったんです。
「夏梛ちゃんはどうだったのかな?」
「私はもちろんとってもとっても楽しかったです。ステージに立つのも、私の夢の一つでしたから」
 私にとってはこういう活動をすることは全くの想定外だったのですけれど、彼女は声優となると同時に歌い手さんとしてもやっていきたいとはじめから考えていたみたいなんです。
「じゃあ夏梛ちゃんは夢を叶えたんだね、おめでとう」
「いえ、まだまだこんなのはじまりの一歩に過ぎません…もっともっと頑張らないと」
「うん、ふつつかながら私も一緒に頑張るから…今日は、足を引っ張らなかったかな」
「大丈夫だと思います、私も一緒にステージに立っていて楽しかったですし…い、いえ、ライブを見にきてくれた人たちもおおむね満足してくれていたってマネージャさんも言っていたじゃないですか」
「う〜ん、そういえば『動』の夏梛ちゃんと『静』の私とでちょうどいい感じでした、なんて言ってましたっけ…本当かな?」
「それはそうです、麻美は普段どおりにほわわんとしていればいいんです。あんまりそういうアイドルっていませんから新鮮な感じもしますし、それにそれに…そんなにきれいなんですから」
「わ、夏梛ちゃん…」
 彼女の一言に彼女自身も顔を赤くしちゃいましたけれど、私も負けないくらい赤くなってしまいました。
 私も、彼女も何も言えなくなって…花火の打ち上げ音やお祭りの喧騒も遠く感じられる中、お互いに黙りこくってしまいます。
 …あんなこと言われたら、どきどきしちゃう…しかもこんな雰囲気じゃ、抱きしめるだけじゃ気持ちを抑えきれないかも…。
 でも、今の関係でも十分すぎるほど私には贅沢で幸せなことなのに、これ以上のことを望んでどうするんです…かえって、今の関係さえも壊しちゃうかもしれません。
 そんなのは絶対に嫌…ですから、何とかこらえなきゃ。
「あっ、お〜い、こんなとこにいたんだ。これから事務所の人も入れて打ち上げするんだけど、二人ともおいでよ」
 どのくらいの時間がたったでしょう、そんな元気な声にはっとしますと、もうすでに花火の打ち上げが終わっていました。
「…って、わっ、もしかしなくっても、私ってお邪魔だった?」
 声をかけてきたのは朱星さんでしたけれど、はっとした表情をした彼女は私たちを見比べつつそんなことを言います?
「えっ、な、何を言っているんです、私たちは何も…か、夏梛ちゃん、そういうことらしいですし、い、行こう?」
「そ、そうですね…」
 二人とも慌てて立ち上がって、少し釈然としない表情を浮かべる朱星さんへ歩み寄っていきます…と。
「…麻美の鈍感、臆病者。バカバカ…」
 後ろについてくる夏梛ちゃんの、そんな呟き声が耳に届いた気がしました…?
「…夏梛、ちゃん? 今、何か言った…?」
「何も何も言ってませんっ」
 強く言い返されちゃってそれ以上訊ねられませんでしたけれど、今のはただの空耳…?
 もしもそうでなかったとしたら…一体、何を意味しているというんでしょう。

 初ライブの翌日、夏梛ちゃんはメインキャラの声優を務めるアニメの収録のため、東京へと旅立っていきました。
 あの意味深にも取れる呟きはやっぱり私の空耳だったのか彼女の様子は特にいつもと変わらなくって、「私がいなくっても色々手を抜いてちゃダメダメなんですからね?」と言い残していきました。
 一応、事務所に入ってから携帯電話を持たされていて、夏梛ちゃんにも何かあったら電話やメールをしてきてもいいとは言われているんですけれど、お仕事の邪魔になるんじゃないかって思うと連絡できなくって、また彼女からも何も連絡などありません。
 それで色々想像してしまったりして、とっても不安になったり…丸一日夏梛ちゃんのことばかり考えてしまって、やっぱり私は彼女のことが好きなんですね、と改めて思い知らされてしまいます。
 大好きな、夏梛ちゃん…その彼女のために、遠く離れた場所にこうしている私にできることは何かないかなって、ふとそういうことを思います。
 まだデビューして間もないけれど、もう人気の出てきている彼女…ということで、あることが思い浮かびました。
 人気のある子でしたら公式にあっておかしくない、あれ…幸い、私は彼女と同じ事務所に所属していて、さらに今まさにそこにいるのですから、さっそく提案してみましょう。
 そうして、あとはまた彼女に会える日を待つばかり…どうか、無事でいてね?


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