日傘を差しても暑いものは暑いので、目的の場所へ行く前に行きつけの喫茶店で少し休憩を入れることにしました。
 そこは私と夏梛ちゃんがはじめて事務所で会った日に一緒にお昼を取ったお店で、その後も度々こうして一緒にきています。
「ふぅ、少し落ち着きました…そういえば、麻美もそろそろこういうお店へ一人で入れる様になりましたか?」
「えっ…う、うん、一軒、素敵なお店を見つけたよ」
「わっ、そうなんです? 麻美も少しは成長成長しているんですね」
「そ、そんな、夏梛ちゃんったら、大げさだよ…」
 でも、その一軒のお店も、とっても勇気を出してやっと入れたものでしたり…その甲斐あって、素敵な出会いもありました。
 いつかは夏梛ちゃんと一緒に行きたいですけど…この想いを秘めているうちは、難しいでしょうか。
 そんなことを思っちゃったりもしますけれど、こうして夏梛ちゃんと一緒のテーブルで向かい合って、お茶を飲みながらまったりとするのは素敵なひとときです。
「それにしれも、この暑さは何とかならないものでしょうか」
 なかなか難しい問題を口に出されちゃいましたけれど…あっ、ものすごいことを思いついちゃいました。
「じゃあ夏梛ちゃん、あのね…お昼からは水着を買いに行く、なんてどうかな。それから、一緒に海とかプールに…」
 これまでの夏にそんなことしたことなかったんですけれど、これって暑さ対策にもなりますし、さらに夏梛ちゃんのあんな姿まで見られちゃうんですから、我ながらものすごい名案です。
「わっ、そんなのそんなの却下ですっ」
 でも、名案はあっさりと否定されちゃいました。
「そんな、どうして?」
「だってだって、明後日はイベントで明日はそのリハーサルですよ? それなのに、いくら何でも羽目を外しすぎです…疲れが残る様なことをするなんて、プロとして失格です」
 ものすごい正論が返ってきて何も言い返せません…けれど、一度思い浮かべた夏梛ちゃんの水着姿、そう簡単には諦められません。
「あっ、それじゃ、明後日のイベントが終わった後は?」
「それからは収録で東京に行かないといけませんから…」
 その一言に、私は何も言い返せないどころか完全に固まってしまいました。
 デビュー作で主人公役を演じた夏梛ちゃんはすでにいくつかのアニメやゲームへの、しかもメインキャラでの出演が決まっているんです。
 それに対して私にはそういう話はなくって、ですのでその収録ももちろん夏梛ちゃんだけで行くことになりますから…。
「もうもう、そんなに落ち込まないでください。麻美だってこんなこんな素敵な声なんですし、何より一緒にユニットを組んでいるんですから、頑張っていればすぐ次のお仕事も入ります」
「夏梛ちゃん…うん、ありがとう」
 私が落ち込んだのはしばらく離れ離れになっちゃうことに対してなんですけれど、私を気遣ってくれる気持ち、それに私の声を褒めてくれたのが嬉しくって、思わず涙ぐみそうになっちゃいます。
「べ、別に別に、お礼を言われることじゃありません。それよりそれより、そろそろ行きますよっ?」
「うん、夏梛ちゃん」

 喫茶店を後にし、私たちが向かったのは、海岸沿いにある神社。
 いつもは多少の人はいても静寂の支配している空間なのですけれど、今日はそれとは違った空気が流れていました。
「むぅ、これじゃたい焼き屋さんはやっていそうにないです…残念残念です」
 境内の参道沿いでは色々な屋台の設営作業などが行われていて、この暑い中忙しない空気…いつも白たい焼きの屋台が出ているあたりも埋まっています。
 汗をかいた人たちが動き回ったりととてものんびりできる様子ではありませんけれど、今日ここへやってきましたのはただのお散歩のためだけではありません。
「あれっ、誰かと思えば『kasamina』のお二人じゃない…こんにちはっ」
「はい、こんにちは、雀さん」
 こちらはそうした作業が行われていなくってまだいつもの空気を残していた社殿まで行きますと、元気な巫女さんが私たちの姿を見てにこにこと歩み寄ってきました。
「うん、夏梛ちゃんは相変わらずかわいいね〜」
「はい、ありがとうございます」
 夏梛ちゃん、私以外の人にはかわいいって言われても素直な反応なんですよね…って、いけないっ。
「か、夏梛ちゃんは私のパートナーなんですから、私以外は抱きついちゃダメなんですからねっ?」
 そう口走ると同時に手にしていた日傘や荷物を地面へ置き捨て、夏梛ちゃんのことを抱きしめちゃいました。
「わわわっ、あ、麻美っ? いきなりいきなり何してるんですっ?」
「あっ、ごめんね、つい…」
 ゆっくり身体を離しましたけれど、最近はつい抱きしめちゃうことがときどきあります。
 だって、気持ちがあふれちゃううえに、夏梛ちゃんも恥ずかしがるだけで抵抗とかしないから、つい…。
「全く全く、ここまでするならはやくはっきり…」
「…? 夏梛ちゃん、何か言った?」
「な、何でも何でもありませんっ」
 顔を覗き込んでみますと顔をかなり赤くして…驚かせちゃったのかな。
「相変わらず二人とも仲いいね。これは、明後日も期待できそうだねっ」
 そんな私たちを見ていた朱星さんが楽しげに笑います。
「はい、もちろんです…麻美がしっかりしてくれれば、何も何も問題ありません。雀さんたちは、お祭りの準備、順調ですか?」
 わっ、夏梛ちゃん…確かにその通りですけれど。
「うん、こっちは順調だよ。夏梛ちゃんたちが出ることになるステージももう設営されてたし…それで、今日はそのステージでも見にきたのかな?」
「あ、えっと、それもあるんですけれど、今日は朱星さんたちと一緒にお昼を食べようと思いまして…その、私が作ってきたお弁当がありますから、どうですか…?」
 さっき地面に置き捨ててしまった荷物には、いつも夏梛ちゃんのために作っているお弁当よりも幾分多い、五重の重箱に収まったお弁当が包まれています…正直に言いますと、少し重かったです。
「えっ、麻美ちゃんの作ったお弁当? うんうん、それはもちろん大歓迎だよ、さっそくみんな呼んでこなくっちゃ…ありがとねっ」
 朱星さんはにこにこと他の巫女さんを呼びにいき、そして皆さんでお昼を食べることになりました。
 どうしてこんなことをしにきたのかといいますと、それはこの縁を大切にしたいな、って私も夏梛ちゃんも思ったから。
 だって、この町にから幾度となく訪れたこの神社が、私たちのはじめての大舞台となるのですから…そこに務める、そしてこれまでにも何度も接した皆さんに、少しでもその気持ちを伝えたいですものね。


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