「わぁ、灯月さん、やっぱり歌もダンスも素敵…思わず見とれちゃった」
「も、もうもう、麻美は相変わらず大げさなんですから。人に見られるなら、このくらいじゃまだまだです」
 事務所内にありますダンスルームで拍手をする私に、練習を終えた灯月さんが顔を赤らめながら歩み寄ってきます。
 今日の灯月さんは歌やダンスのお稽古をしていて、私はその見学をさせてもらっていたんです。
「第一、麻美もあのオーディションを受けていて、そして特例とはいえこうして採用されているんですから、歌はそれなりにできるはずですよね?」
 その言葉通り、あのオーディションの二次選考では歌も歌わされましたっけ…松永さんがこれも必要だとおっしゃるのでときどき練習していましたけれど、確かに必要になりました。
「う〜ん、どうなのかな…私ってその特例での採用だから、歌のほうは考慮されなかったのかもしれませんし」
「そうでしょうか、そんなに甘くはないと思いますけれど…」
「でもでも、どちらにしても灯月さんには敵わないよ。ましてやダンスなんて、私には無理だもん」
 日本舞踊などは習い事でしてきましたけれど、全然違いますよね…。
「まぁ、歌うことも踊ることも、私の好きなことですから」
 ふむふむ、灯月さんの好きなものはゴスいファッションに白たい焼き、そして歌とダンス…と、しっかり覚えました。
「その二つが好きで上手なうえ、こんなにかわいいんですから、歌手デビューも当然ですよね」
「も、もうもう、そんなに褒めても、何も出ませんからねっ?」
 恥ずかしそうにぷいっとされちゃいましたけれど、それに胸がきゅんとして…いえいえ、そこは我慢しなくっちゃ。
 でも、今の私が言ったことには何一つ嘘はなくって、歌も踊りも上手でかわいい灯月さんは、声優としてだけではなく歌手としても活動することが決まっているんです。
 元々、今回のゲームの主人公役に選ばれた声優さんは作中の挿入歌を歌うことが決まっていました…オーディションに歌の評価もあったのはそのためです。
 そして、本来でしたらその挿入歌一つだけの話だったのですけれども、私も言いました様に灯月さんが歌い手、特にアイドルとして必要な要素を十分に持っていたことから、事務所は彼女をそちらでも活動させることにした、というわけです。
 それをはじめて聞いたときには一ファンとして応援しようと思ったものですけれど、今は少し違います。
「…ねぇ、灯月さん。その歌手デビューのことなんだけど、詳細はもう決まっているんだっけ…?」
「えっ、いいえ、まだ完全には決まっていなくって、正式発表、それに初CDになる挿入歌の収録ももう少し先のことになるみたいですよ?」
「…そっか。じゃあ、まだ間に合うかもしれないんですね…」
 可能性がまだあることを認識してそう呟きますけれど、一気に緊張してきます。
「…麻美? 何か言いましたか?」
「あっ、ううん、何でもないよっ?」
「本当に本当ですか?」
 はぅ、そんなじぃ〜っと見ないで…ど、どうしよう、灯月さんに直接たずねるべきなのかな。
 断られたときのことを考えると不安になっちゃいますけれど、でも灯月さんが嫌がることを勝手に進めるのは絶対にダメなことですよね。
「あ、あのね、灯月さん…もしも、だよ? もしも、その歌手デビューがソロじゃなくって、二人組のユニットになるとしたら、灯月さんはどう思いますか…?」
 迷った結果、遠まわしに質問をしてみることにしました。
「それって、私ともう一人が一緒にってことですよね…ちょっと、嫌かもしれません」
「そ、そっか…」
 灯月さんの気持ちがそれなら、このまま何もせずやめたほうがいいですね…。
「た、ただただ、その相手の子が本当に私とユニットを組みたいと、真剣に思ってくれているなら別です。一緒に頑張ってくれるっていうなら、それに私とユニットを組んで釣り合う子なら、私からは何も何も言うことありません」
 と、しゅんとしてうつむいてしまった私に、そんな言葉が届きました。
「あとはあとは、そうですね…私に隠しごとしないで、はっきりはっきり思ったことを言ってくれる子なら大歓迎です」
 う〜ん、いつか灯月さんの前にそんな子が現れたら、ユニットを組まれる可能性があるんですね…。
 ユニットを組むからには、とっても仲良しになるでしょうし…そのことを想像すると、ますますしゅんとしちゃいます…。
「…あぁ〜っ、もうもうっ!」
「きゃっ?」
 と、うつむいていると突然すぐ前に立つ灯月さんが叫び声をあげてきて、びくっとして顔を上げちゃいましたけど…な、何?
「麻美、私に何か言いたいことがあるんじゃなんですかっ?」
「えっ、ひ、灯月さん…?」
 彼女の様子は今までに見たことのないくらい苛立たしげで、私はおろおろしてしまいます。
「真剣に思ってるわけじゃ、一緒に頑張ろうって思って言おうとしてくれたんじゃないんですかっ? はっきり言ってくれないんでしたら、本当に本当に麻美のこと嫌いになっちゃいますよっ?」
「そ、そんな…!」
 強い口調、眼差しの彼女の最後の一言にびくっとしちゃいましたけれど、えっ…灯月さん、私が思っていること、完全に気付いてる…?
「で、でも、灯月さん…」
「むぅ、まだ何か迷うことがあるんですかっ?」
「う、うん、あのね、私じゃ灯月さんには釣り合わないと思うの…」
「むむ〜ぅっ、それは麻美じゃなくって私や事務所の人が判断することですっ。だからだから、麻美は言いたいことをしっかり言えばそれでいいんですっ」
「は、はぅっ…!」
 さらに強さを増す彼女の言葉に、こちらは頭の中が混乱する上にさらにびくっとなって背筋をぴんと伸ばします。
 あ、あんなこと言ってくるなんていうことは、灯月さん…大丈夫、なんだよね…?
 ここまできたら、もうダメでもいいじゃない…しっかりと、自分の気持ちを伝えなきゃ…!
「あ、あのね、灯月さん…私、灯月さんと一緒にユニットを組みたいの…!」
 彼女と少しでも長い間一緒の時間を過ごせる方法…こうすれば、それが叶いますよね。
 もちろん、彼女はアイドル系の歌い手さんとして活動していくことになっていますから簡単なことではないということは解っています、けれど…!
「ものすごいわがままだって、勝手なお願いだって解ってるけど、事務所の人には何とかお願いしてみるから、灯月さんがよかったら…!」
「…声優としてのお仕事に、さらに別のお仕事をするのは大変なことですよ? 麻美は…それでもそれでも、大丈夫なんですか?」
 真剣な眼差しで見つめられますから、私もそれに負けないくらい気を引き締めてうなずきます。
 私がこれを望む一番の理由を知ったら、灯月さんは怒るかな…でもでも、どんな大変でも灯月さんと一緒なら頑張れるっていうのは、それにできたら彼女の力になれたらいいなっていうのは、偽りない気持ちです。
「…しょうがないですね」
 じっと見つめあってどのくらいがたったでしょう、彼女がそう言って力を抜きました。
「麻美がそこまで言うんでしたら、私からも事務所にお願いしてみます」
 ちょっとそっけない一言が続きましたけど、今のって…!
「ひ、灯月さん、その…いい、の?」
「さ、さっき言った条件に当てはまってるんでしたら、私から言うことは何も何もありません…!」
 顔を赤くしてぷいっとされちゃいましたけれど、こんなかわいい灯月さんとこれからも一緒に頑張れるんだよね…!
「あ、ありがとう、灯月さん…!」
「わわわ、ど、どうしてどうして泣くんですか…!」
 あっ、いけない、嬉しさのあまり思わず涙が…。
「喜ぶのはまだまだはやいんですよっ? まだ事務所の許可がおりるって決まったわけじゃありませんし、それにそれに許可がおりたらこれから毎日きついきつい練習をさせますからっ」
「わっ、えっと、うん、灯月さん…!」
 何とか気を引き締めなおしてお返事するけど…灯月さん、少しむっとしちゃった?
「ひ、灯月さん、どうしたの…?」
「もうもう、麻美ったら、仮にもユニットを組もうっていうんでしたら、そろそろその他人行儀な呼びかたを何とかしてもらえませんかっ?」
 また少し顔を赤らめた彼女ですけれど…えと、今のってつまり「灯月さん」って呼ぶのがちょっと、ってこと?
「で、でも、私、今までみんな名字で呼んでますし…」
「むぅ、ユニットを組む私も、そんな他の人たちと同じなんですか?」
 …ううん、灯月さんは他のみんなとは全く違う存在。
 私の思う「他のみんなと違う存在」と彼女の言うそれとはきっと意味合いが違うでしょうけれど…でも、特別な人だと思っても、いいんですよね…?
「じゃあ、え、えっと…」
 でも、家族以外の人をこれまで名字でしか呼んだことがないというのも事実で、じゃあ何て呼べばいいのかな…?
「じぃ〜っ…じじぃ〜っ」
 わっ、ものすごくにらまれちゃってます…は、はやく呼ばなきゃ、嫌われちゃうかも…!
「あの、ひ…う、ううん、か…夏梛ちゃんっ」
 慌ててとっさに口から出た、あの子の名前…それを口にした瞬間、胸がどきっと高鳴りました。
 夏梛、ちゃん…何でかな、ただ名前を呼んだだけなのに、愛しい想いが一気に増してきちゃいました。
「わっ、わわわ…!」
 胸の高鳴りが大きくなって固まってしまった私ですけれど、一方の彼女も顔を赤くして慌ててしまってます…?
「あ、え、えっと、か…夏梛ちゃんって呼びかた、おかしかった…?」
 彼女のあまりのかわいらしさ、それに愛しさに思わず「ちゃん」ってつけちゃいましたけれど、それがおかしかった…?
「い、いいえ、そ、そんなこと…。あ、麻美がそう呼びたいんでしたら…す、好きに好きにしたらいいですっ」
「う、うん、夏梛ちゃん…」
 あぁ、名前を呼ぶたび、愛しさがどんどん増してきます。
「じゃ、じゃあ許可を取りに行きますけど、きっときっと大丈夫だと思います。そうしたら…い、一緒に頑張りましょう、麻美?」
 恥ずかしそうにしながらも、ほんの少し微笑みかけてくれる彼女…あぁ、この気持ち、もう抑えられませんっ。
「夏梛ちゃん…うんっ、よろしくねっ」
 満面の笑顔を返す私…そのまま、彼女のことをぎゅっと抱きしめてしまいました。
「え…は、はわわっ、あ、麻美っ? い、いきなりいきなり何してるんです…!」
「ご、ごめんね、嬉しくって、つい…」
「も、もうもう、しょうがないですね…!」
 夏梛ちゃんに嫌がる様子がありませんでしたからしばらくそのままでいちゃいましたけれど、彼女の身体はとってもあったかくって、やわらかくって…ものすごくどきどきしちゃいます。
 彼女のどきどきも伝わってきて…このまま、ずっとこうしていたい気分です。
 夏梛ちゃん、大好きなんだから…。


    (第5章・完/第6章へ)

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