―私は、女の子のことが好き。
 このことはもうずっと昔、中等部の頃から解っていました。
 でも、ゲームやアニメの世界の子に惹かれることはあっても、実際に恋をする、ということはなかった。
 高等部になってから藤枝さんにあの事実、つまり私の通う学園で実際に女の子同士で恋をしている人たちがいる、ということを知ってからもそれは変わりませんでした…その藤枝さんや松永さん、綾瀬さんといった素敵なかたがたと接する機会があったにも関わらず、です。
 それは私みたいな地味な子が恋しても気持ちが届くはずない、それに同じ女の子であるならなおさら受け入れてもらえないかも、っていう諦めの気持ちがやはりあったり、そして何より声優になりたいという夢について本格的に追いかけはじめたのもそのときからでしたからその夢のこと以外は二の次になっていた、というのがあったからだと思います。
 実際、その理由の一つであった夢が叶った途端、私は恋に落ちてしまいました。
 相手はとってもかわいらしく、才能にあふれた、素敵な女の子…。
 でも、いくらデビュー作が百合をテーマにしたゲームだとしても、その声優さんまでが百合な思考の持ち主とは限らない…お仕事でしていることに過ぎないのですから、当たり前です。
 ですからやっぱり諦めの気持ちが前面にきてしまいます…あんな素敵な子が私の想いを受け入れてくれるわけ、ないよね…。
 眠っている彼女に口づけはできても、直接伝えることなんてできなくって…この想いは、自分の胸の中にだけしまっておかないと。
 ただ、それでも…想っているだけなら、そしてそばで見守るだけなら、いいよね…?

 自分の想いにはっきり気付いてからは、より彼女…灯月さんのことを意識する様になってしまいました。
「あ、あの、灯月さん、今日もお弁当を作ってきたから…ど、どうかな?」
「はい、いつもいつもありがとう、麻美」
 でも、彼女と接するときはなるべく自然に…今の関係だけでも私は十分幸せですから、それを壊さない様に…。
「まぁ、灯月さんと石川さん、すっかり仲良しですね。マネージャとしても嬉しいです」
「そ、そうですか? ふ、普通だと、思いますよ?」
 マネージャの如月さんの言葉に彼女がそうお返事するのを聞いて、少しほっとします。
 だって、今の私たちの関係は彼女にとって普通のもの、みたいですから…うん、大丈夫、私の気持ちは知られていません。
 とにかく、お昼は事務所のかたがたとご一緒に取ることもありますけれど、今日はいいお天気ということもあって二人で外の空気を感じながら食べることになりました…私としては、もちろんそのほうが嬉しいです。
 如月さんに見送られ事務所のあるビルを後にした私たちは、その近くにあります小さな公園へ…お昼どきのオフィス街ということもあってベンチなどは同じくお昼を取る人がすでに座っていましたけれど、木の下の芝生が空いていましたから、そこに二人腰かけて私の作ったお弁当を食べます。
「もきゅもきゅ…えと、今日のお弁当もまあまあですね、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
 とってもおいしそうに食べてくれる灯月さんを見ますと、本当に作った甲斐があったって感じられますよね。
「…もう、麻美ったらまたぼ〜っとして。食べないんですか?」
「あっ、ううん、も、もちろん食べるよ?」
 慌てて私も食事をはじめますけれど…はぅ、いけません、また灯月さんに見とれてしまって、あまつさえぎゅってしたくなっちゃいましたけれど、もちろんそんなことできません。
 こうしてお昼のひとときを二人で過ごせるだけで、幸せ…それをかみしめたまま午後のお仕事もこなして、今日は少しはやめの午後五時前にお仕事が終わりました。
「灯月さん、ちょっとお散歩してから帰ろう?」
「そうですね、ちょうどあの場所に行こうと思っていたところですし…」
 時間もあってお天気もいい日は、二人でお散歩…海の方向へ向かいます。
 灯月さんがお散歩に付き合ってくれる目的は神社にときどき出ている白たい焼きの屋台…でも、それでもいいんです。
 私にとっては少しでも彼女と二人でいられる時間が多いほうが幸せですし、それに…ね?
「…もきゅもきゅ」
 白たいやきをおいしそうに食べる灯月さんはとっても微笑ましく、見ていると胸がきゅんとしちゃうんです。
「もきゅもきゅ…な、何です何です、人をそんな顔で見て。何かついてますか?」
「ううん、何でもないよ」
 そんな彼女を見ていて自然と頬が緩んじゃう、そういうことが最近多くなっちゃいました。
 でも、そんな幸せな時間もたい焼きを食べ終えて、そして日も完全に沈んでしまう頃には終わりを迎えてしまいます。
「ではでは、そろそろ帰りましょう。また明日会いましょう、麻美」
「う、うん、ばいばい、灯月さん」
 街灯の下で言葉を交わして、彼女は私に背を向けて去っていきます。
「…うん、また明日、会えるよね」
 切なくなる気持ちを何とかこらえて、彼女の後ろ姿が闇に消えるまで見つめていたのでした。

 灯月さんと一緒に過ごせる時間を持てる毎日はとっても幸せ。
 想いを届けられなくっても、胸の内にしまい続けたままでも、それだけで私にとっては十分すぎる贅沢です。
 でも、これから先はどうなるの?
 私と灯月さんは同じ事務所に所属するだけでなく一緒のゲームの収録などをしていますから毎日顔を合わせられますけれど、それが終わったら?
 大々的に募集されたオーディションを通過し主役に抜擢された彼女は事務所での扱いもやっぱり違い大々的な売り出しが行われていまして、ゲームのプロモーションなどはもちろん雑誌などのインタビューもあって、まだゲームそのものは出ていなくっても、灯月さんのことは業界では結構知られていっています。
 私もそんな雑誌などを片っ端から集めていたりと彼女の一ファン、そして第一のファンであろうと思っているんですけど、そういう様子を見ているとちょっと不安にもなってくるんです。
 そう、灯月さんと一緒にいられる…ううん、少しだけでも会える時間がどんどん少なくなっていって、そして最後にはもう滅多に会うことなんてできなくなっちゃうんじゃ、って。
 いえ、それはしょうがないことだっていうことは、ちゃんと解っているつもりです。
 私が灯月さんのことを好きだっていうのは私の勝手な気持ちですし、そもそも今こうして一緒にお仕事をしていられるだけでも幸せすぎることだ、って…でも、好きになっちゃった以上、少しでも一緒にいたいって気持ちはどうしても抑えられないんです。
 私と灯月さんを繋ぐものの一つであるゲームの収録は順調に進んでいて、いずれ終わります…これが終わったら私たちの繋がりは同じ事務所の所属でマネージャも同じ人、っていうことだけになってしまいますから、そんな不安が少しずつ、でも確実に胸の中を占めてきてしまっているんです。
 それを解決する方法は、何とか我慢をするしかないのかな…?
 …ううん、私が勇気を出せば、可能性は低いものの、一つだけ道があります。


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