「…あっ、もうお昼を回ったみたい。灯月さん、そろそろお昼ごはんにしませんか?」
 お稽古が一段落したところで腕時計へ視線を落としますと、もう午後二時近くになっていました。
「こんな時間になるまで気がつかないなんて、灯月さんは頑張りやさんですね」
「も、もう、それを言うなら麻美だってそうじゃありませんか」
 うぅ、ごめんね、私はただ灯月さんと恋人同士な言葉を交わしているのが幸せだっただけで…。
「とにかく、お食事はどうします? この間みたいに、近くの喫茶店にでも…」
「…あっ、待って、灯月さん。実は、その…お弁当を作ってきましたから、それを食べませんか?」
「えっ、お弁当って…麻美が作ったんですか? 麻美、お料理できたんですね…少し、意外意外です」
「わっ、意外ってどういうこと?」
「だってだって、麻美はずいぶんなお嬢さま育ちみたいですから、自分でお料理なんてしないと思ってました」
 私の出身校はやっぱりそういう方向で有名みたいで、そのことを言ったときにはずいぶん驚かれてしまいましたっけ。
「もう、私は一人暮らししていますし、お料理くらいできますよ?」
「そういえばそうでした…というより、麻美は外食のほうがかえって難しいかもしれませんね」
「…うっ」
 言葉を詰まらせてしまったのは、彼女の言葉がきつかったから…ではなくて、図星をつかれたから。
 一人暮らしですからスーパーなどへは一人で行きますけれど、外食となると…うぅ、また世間知らずだなんて言われてもいけませんし、今度勇気を出してどこかに行ってみましょうか。
「そ、それより、私の作ったお弁当、食べてくれる…?」
「そ、そうですね、食べないと食材が無駄になってしまいますし、今日はそうしましょう」
「うん、ありがと」
「別に別に、麻美のためじゃなくって食材を無駄にするのが嫌なだけなんですからねっ?」
 灯月さんはそんなことを言うんですけれど、顔は真っ赤ですし照れ隠しだってことがすぐ解ります。
 彼女はよくそういうきつい言い回しをするんですけど、そういうときはだいたい照れ隠しで…いわゆるツンデレというものになると思いますけれど、そういうところがまたかわいいですよね。
 思わずぎゅっとしちゃいたい気持ちを何とかこらえ、地面にシートを敷いてその上へお弁当を広げました。
「み、見た目はなかなかおいしそうかもしれませんね」
「うん、ありがと。じゃあ、さっそく食べてみて」
「は、はい、では、いただきます…」
 シートの上へ座り、そしてお弁当を一口食べてくれる彼女の様子を、どきどきしながら見守ります。
 ゆっくり味わって食べてくれる灯月さん…。
「わ…おいしい、おいしいです」
「えっ、灯月さん、本当っ?」
 その彼女の呟くかのような一言に、私の胸は一気に高鳴ります。
「あ、えっとえっと…は、はい、普通に食べられるお弁当だと思いますよ?」
「わぁ、よかった…灯月さんに食べてもらおうって思って、一生懸命作った甲斐があったよ」
 うんうん、これまでも何度も作って持っていこうって考えて、でもそのたびにまずいって言われたらどうしようって不安になってやめてきたんですけど、今日思い切って勇気を出して持ってきてよかったです。
「な、何を言ってるんですか、あ、麻美もおかしなこと言って見てないで、食べたらどうですか?」
「あっ、うん、そうだね…いただきます」
 恥ずかしそうにする彼女に微笑んで私も食事をはじめますけれど…わっ、確かにおいしいです。
 今までも自分で作ったお弁当はよく食べていましたけれど、今日のは別物みたい…ちょっと不思議になりましたけれど、すぐに理由が解ります。
 一緒にいる灯月さんは本当においしそうにお弁当を食べてくれていて、それを見ているととっても幸せ…それが味覚にも繋がっているみたいです。
「あ、あの、灯月さん…もしよかったら、これからもこうしてお弁当を作ってきても、いいかな…?」
 彼女に私の作ったものを食べてもらえる、ということだけで幸せで…そんなことをお願いしてしまいました。
「もきゅもきゅ…えっ? は、はい、麻美がそうしたいっていうんでしたら…」
「わぁ、ありがとう、灯月さん」
「…お弁当を作ってきてもらうんですから、お礼を言わなくっちゃいけないのはこちらの気がしますけど」
「ううん、灯月さんはそんなこと気にしなくっても大丈夫だよ」
 だって、これは私がそうしたいから、好きですることなんですから。

「それにしても、灯月さんはやっぱり演技が上手です。一緒にお稽古していて、感心しちゃいますし」
「も、もうもう、麻美は少し大げさです」
 お弁当も食べ終わって、お稽古の再開前にちょっとまったり…私の持ってきた水筒に入った紅茶を飲みながらそんな会話を交わします。
「う〜ん、そんなことないと思うんだけどなぁ…」
 灯月さんの照れる姿を見たいから、っていう気持ちもないことはありませんけれど、でもやっぱりあれは本心からの言葉…さすが、オーディションで選ばれただけのことはあります。
「そ、そういう麻美だって、悪くないと思いますよ?」
「そ、そうかな…だとしたら、役がいつもの私とあまり変わらない感じの子、だからかも」
 私が演じるキャラクターはおしとやかそうなお嬢さま…いえ、私がそうだとはいいませんけれど大人しいところは同じですから、そう声質や口調などを意識しなくても大丈夫なんです。
 ちなみに、灯月さんが演じるキャラクターは元気な女の子…いえ、彼女自身明るい子ですけれど、そのキャラクターはさらに元気いっぱいな感じなんです。
「麻美はちょっと自分に自信が持てていないところが欠点ですね…とにかく、そろそろ練習を再開しますか?」
 う、う〜ん、そう言われても、私は本当にまだまだだし…だからこそもっと頑張らないといけないんですけど。
「うん、そうだね…」
 その場にゆっくりと立ち上がりますけれど…あっ、そうだ。
「灯月さん、ちょっとだけ待っていてもらえませんか? すぐに戻ってくるから」
 不思議そうにしながらもうなずいてくれた彼女をその場に残し、私は参道へと向かいました。
 何をしにいくのかといえば、灯月さんに喜んでもらえるものがときどき現れることを思い出して…。
「今日はきてるかな…あっ、いました」
 参道の脇に出ていた一台の屋台…それを見つけてほっとしました。
 いいにおいの漂うそこで売られているのは、灯月さんの好物な白いたい焼き…そう、あの日見ました女の子はやっぱり彼女だったんです。
 お稽古をはじめる前にこれを食べてより元気をつけてもらえたら、それに喜んでもらえたらいいですよね…さっそくそれを買って、彼女の元へ戻りました。
「すぅ、すぅ…」
 と、そこにいた灯月さんは木の根元へ腰掛け、それに目を閉じて穏やかな寝息をたてていました。
「こんなに気持ちのいい日和だものね…」
 あたたかいですし、それにお稽古で疲れちゃったと思いますし、お食事の後に眠くなるのも当たり前です…うん、ここはこのままお昼寝の時間にしちゃいましょう。
 すやすやと気持ちよさそうに眠る灯月さんの隣に腰かけさせてもらって…と。
「やっぱり、灯月さんはかわいいですよね…」
 すぐそばにあるとってもかわいらしい寝顔…思わずじっと見つめちゃいますけれど、そうしているだけで胸がどんどんどきどきしてくるのが解ります。
 さらに、思わずぎゅっと抱きしめたくなる衝動に駆られますけれど、そんなことしちゃ…でも、今の彼女はぐっすり眠っていますから…。
「灯月、さん…」
 穏やかな寝息をたてるそのかわいらしい顔に私は自然と引き寄せられて…目を閉じ、そしてそのまま彼女の唇へ私の唇を重ね合わせてしまいました。
「んっ…」
 …わっ、とってもあったかい…灯月さんのぬくもりが、私に伝わってくる…。
 とっても心地よい、心がふわふわしてしまう感覚に包まれて、しばらくそのままでいてしまいます。
「キス、しちゃった…」
 どのくらいそうしていたでしょう…ゆっくり顔、それに身体も離しますけれど、その感覚はなかなか抜けなくって、夢心地…。
 キスなんてもちろんこれまでしたことはありませんでしたけれど、こんな満たされた気持ちになるなんて、私はやっぱり…。
「…麻美? ぼ〜っとして、何してるんですか?」
「きゃっ、ひ、ひひ灯月さんっ? い、いいいつ起きたんですっ?」
 突然かかってきた声にはっとしますと、いつの間にか彼女が目を覚ましていてこちらを見てきていたんです…!
 ど、どどどうしましょう、さっきの…キ、キスのこと、気付かれていたら…!
「いつって、さっきですけど…どうしたんですか? 麻美、顔が真っ赤ですよ?」
「そっ、そそそそうかなっ、気のせいだと思うよっ?」
「そうでしょうか…って、あっ!」
「えっ、な、なな何かなっ?」
 やっぱり気付かれちゃってたのかな、とびくびくしてしまいながら彼女の次の言葉を待ちます。
「麻美が持ってるのって、もしかして…」
「…えっ? あっ、う、うん、白たい焼きだよ…た、食べますか?」
「はい、そんなのもちろんもちろんです」
 よかった、あのことは気付かれていなかったみたい…内心でほっとしながら、さっき買ってきたたい焼きの入った紙袋を渡しました。
 でも、あんなことをしちゃうなんて、やっぱり…私の想いは、もう間違いありません。


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