第5.4章
―灯月さん…ううん、夏梛ちゃんと私とでアイドルユニットを組む、なんていう夢みたいなことが決まって。
夏梛ちゃんと一緒に活動ができるなんてとっても幸せなことですけれど、もちろんその分やらないといけないことも増えて大変です。
「ダンスよりもまずはまずは歌のほうですね。もうすぐもうすぐ曲も完成して収録になりますから」
ユニット結成が決まった日、夏梛ちゃんがそう言ってきました。
その曲は私たちが声優として出演するゲームの主題歌なんですけど、もうゲーム発売までそれほど期間のない時期にこんな変更があって大変…と思いきや、そうでもないといいます。
「何だか何だか、如月さんがこうなることを予測予測してはじめからデュエット用の曲も用意してもらっていたみたいです」
「えっ、それって…夏梛ちゃんが誰か他の人とユニットを組むのを予測して、っていうこと?」
「いえいえ、他の人じゃなくって麻美と組むのを、みたいです」
そういうことらしくって、それほどの手間ではなかったりするそうなんです。
でも、あれだけ勇気を出した末にお願いしたことを如月さんがあらかじめ予測できていらしたなんて、すごいです…。
「まぁ、麻美はとってもとっても解りやすいですから」
「…って、か、夏梛ちゃん? 私の考えてること、解っちゃったの?」
「ですからですから、麻美はとってもとっても解りやすいんですって」
はぅ、そうなんでしょうか…今までそもそも他の人と接する機会が少なかったですしよく解りません。
でも、それが本当だとしましたら…私が夏梛ちゃんへ抱いている気持ちも、気づかれたりしています…?
「とにかくとにかく、歌の収録もすぐはじまりはじまりますから、そちらの練習もしっかりしっかりしましょう」
それにしては夏梛ちゃんの態度はずっと同じですし…多分大丈夫、ですよね。
「うん、そうだね、夏梛ちゃん」
少しほっとしながら、彼女へうなずくのでした。
私の夏梛ちゃんへ対する想い…それを自覚して、もう一ヶ月くらいたつでしょうか。
その想いは時がたって弱くなるどころか、大きくなるばかりで…だからこそ、一緒にユニットを組みたいということまでお願いしちゃったわけです。
彼女が眠っているときに思わず口づけをしちゃったりもしましたけれど、でもこの想いは口にできません…ただ一緒にいられるだけで十分すぎまして、その願いはユニットも組めてずいぶん叶っちゃいました。
「でも…最近は、一緒に練習できる時間とか、減っちゃいましたよね…」
六月のある日、一人でお散歩しながらふとそうつぶやいちゃいます。
ううん、もちろん事務所でのレッスンとかはあって、最近はあの曲の練習もあって一緒に練習してて、その時間は大切にしないといけませんし、もちろん頑張っています。
減っちゃったというのは、事務所の外での練習…そう、あの神社の森の中を使わせてもらってのもののことです。
お弁当まで作らせてもらっちゃったりととっても幸せなひとときでもあったんですけど、この数日はお休みになっちゃってます。
私、それに夏梛ちゃんも練習したい、って気持ちはあるんですけど…。
「…このお天気じゃ、無理ですよね」
空を見上げて目に入るのは、私が差している傘、それに灰色の雲に降り続く雨。
つい先日梅雨入りしましたから、これから一ヶ月くらいはこういうお天気が続きます。
ですから外での練習は無理で…事務所での練習はありますけれど、でも夏梛ちゃんと一緒にいられる時間が減っちゃったのは残念です。
…って、も、もちろん練習できる時間が減ったのも残念ですよ?
「…あれっ?」
気を取り直そうとしたとき、まわりの様子がいつもと少し違うことに気づきます。
「えっと…ここ、どこでしょう…」
どうやら考え事をしているうちに普段は歩かない道に入り込んでしまったみたいです。
まわりは住宅地で、雨の中私以外に人の姿は見られません。
「きっと、そのうち解る場所へ出られますよね」
少し不安になりかけましたけれど、時間がないわけでもありませんし、焦らず歩くことにしました。
そうして、少し歩いた頃でしょうか…住宅地の中に、普通の家とは少し違ったものを見つけます。
落ち着いたたたずまいの、一見するとおしゃれな洋風の家なんですけど、看板が出ていたりそれに雨の中でもそちらからかずかにいい香りが伝わってきたんです。
「ここは…喫茶店、ですか」
結構歩いた中で見つけた素敵な雰囲気のお店に、ふと入ってみようかなという気持ちも出てきます…けれど。
「で、でも…大丈夫、かな…」
思わず足が止まって、しり込みしてしまいます。
だって、その、私……こういうお店へ一人で入ったこと、今まで一度もありませんから。
この町にある別の喫茶店などには夏梛ちゃんと一緒に行っていますけれど、そこだって一人では行ったことがありません。
ましては一度も入ったことのないお店へ一人で、なんて…うぅ、とっても緊張してきました。
その、別に入る必要はないんですし、このまま帰りましょうか…。
「…う、ううん、いつまでもこのままでは、いけない気がします」
これから声優をしていこうという中で、一人でもっと緊張する場所へ行かなくちゃいけない、ってことがたくさん出てくるって思います。
なのに、私ってこの町にきてからほとんど夏梛ちゃんに頼ってばかりな気がして…これじゃ、いけませんよね。
このお店のこともちょっと気になるのは確かですし…少しずつでも、一人で勇気を出してやっていける様にならなきゃ。
「…うん、入ってみましょう」
ですから、大きく深呼吸をして…傘を閉じ、そのお店の扉をゆっくりと開けてみました。
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