本格的な練習などは明日からということで、今日は色々な説明や事務所の皆さんへの挨拶をして、お昼過ぎには解散となりました。
 説明は全てお仕事のことなのですからどれも大切なことですし、それに事務所の皆さんについても規模は小さいそうながらそれでも名前の知っている声優さんなどがいらしてお会いできるだけでも感激のはずなのですけれど、私はちょっと上の空になってしまっていました。
 ずっと頭の中を支配していたのは、灯月さんへ言ってしまったあの一言に対する後悔の念。
 昔も、はじめて会った藤枝さんへ対し似た失敗をしてしまったことがありましたっけ…あのときの藤枝さんは笑って許してくれましたけれど、灯月さんは怒ってましたよね…。
 会えたらいいなって思っていた子とこうして会えて、さらに一緒に頑張っていけるって嬉しかったのに、私の失敗のせいでもう嫌われちゃったのかなって思うと、やっぱりとっても悲しくってつらいんです。
 特にこの子にだけは嫌われたくない、っていう気持ちが自分でも不思議なくらい強くって…このままじゃいけません。
「…あ、あの、灯月さんっ」
 ですから、解散になって如月さんが説明会場でした会議室を出て行って彼女と二人きりになったところで、すぐに声をかけました。
「わっ、な、何ですか…?」
 如月さんを立ち上がってお見送りしましたからもちろん二人とも立ったままだったのですけれど、彼女は飛び上がってしまいそうなくらいびくっとしてしまいました。
「お、驚かせちゃってごめんなさい。でも、どうしても言いたいことがあって…」
「い、言いたいこと…?」
「うん、あの…さっきは失礼なことを言ってしまって、本当にごめんなさいっ」
 灯月さんのほうをしっかり向いて、深々と頭を下げました。
「さっき、って…?」
「あの、灯月さんが同い年だっていうことに驚いてしまったこと、です…」
「…ああ、あのことですか」
「灯月さんがとってもかわいかったから思わずそう感じちゃったんですけど、反省してますから…ですから、どうか私のことを嫌いにならないで、これからよろしくお願いします…!」
 この子とこれから一緒に頑張っていきたい、その一心で頭を下げたまま強い口調でそう伝えます。
「…う〜ん、どうしましょう」
「あ、あのっ、私…!」
 迷っている様子の彼女に思わず涙をためてしまいながら顔を上げてしまいました…と、その彼女は微笑みを浮かべて、こちらへ手を伸ばしてきました…?
「えっ…灯月、さん?」
「もう、私は別に怒っていないですから、泣いたり謝ったりしないでください」
 そうしてやさしく涙をぬぐわれてしまうものですから驚いて、それにどきどきして固まってしまいました。
「…もうっ、どうしたんですか? 私の言うこと、信じられませんか?」
「う、ううん、そんなことない…ごめんね、灯月さん」
「で、ですからですから、謝らなくってもいいです。まぁ、私が実年齢より幼く見えるっていうことは、自分で解ってますし…」
 はぅ、やっぱり少し気にしているみたい…あまりこの話題には触れないほうがよさそうです。
 でも、そんなことを気にしたりする彼女も、何だかかわいらしいです。
「むぅ、何を何を笑っているんですかっ?」
 あっ、いけない、その微笑ましさについ頬が緩んでしまったみたいです。
「いいですよね、石川さんは。ずいぶんずいぶん大人な体型ですし」
 と、灯月さん、じっと私のことを見て…って。
「…きゃっ? ひ、灯月さん、どこを見ているのっ?」
「別に別に…ただただ、ちょっとだけ羨ましいです、って」
「そんな、私なんて全然…マネージャの如月さんのほうがすごかったですよ?」
「確かにそうですけど、私は石川さんのほうが…って、何でも何でもありませんっ」
 顔を真っ赤にされちゃいましたけれど、何て言おうとしたのかな。
 でも、そんな灯月さんがやっぱりとってもかわいらしくって、また頬が緩んでしまいました。
「全く全く、だから何を笑っているんですか…しょうがないですね」
 少し呆れた様子も見せる彼女ですけれど、その表情はすぐに微笑みに変わって、しばらく二人で笑いあってしまいました。
 それだけのことで私の胸の中は幸せでいっぱいになってくるんです…不思議ですよね。
「さてと…それじゃ、そろそろ今日は帰りましょう。石川さん、お昼はどうするんですか?」
「えっと、うん、お家に帰って食べようかな、って考えてますけれど」
「そ、そうですか。ではでは、もしよかったら…私と、どこか行きませんか?」
「…えっ?」
 あまりに予想していなかった提案に、思わずきょとんとなってしまいました。
「べ、別に別に、無理しなくってもいいんですよっ? 石川さんの都合が合えばどうですか、くらいのことなんですから…!」
 私の反応で断られると思ってしまったのかあたふたされますけれど…それで私の胸は完全にやられてしまいました。
 お会いしたときからかわいいって思っていましたけれど、このかわいらしさはもう…!
「そ、そんな、もちろん大丈夫です」
 でも、そんな想いは胸の中にしまって、表面上は冷静にお返事をします。
「そんなお誘いを受けたのがはじめてで、しかもそれが灯月さんからでしたから、まるで夢みたいなことで驚いちゃっただけです」
「は、はじめてって…それにそれに夢みたいなんて大げさすぎです。でもでも、その…石川さんがそう言うならしょうがないです、一緒に行きましょう」
 照れた様子の彼女とともに、荷物を持って…と、そうでした。
「待って、灯月さん。まだ、言い忘れていたことがありました」
「な、何です何です、謝ってもらうことはもう何もないですよ?」
「ううん、そうじゃなくって…オーディションの日、私のことを励ましてくれて、本当にありがとう。このことを、伝えたかったの」
 あのとき声をかけてもらえていなかったら緊張も解けなくって、オーディションはぼろぼろだったはずです。
「そ、それこそ、お礼を言われることなんかじゃありません…!」
「でも、私は本当に感謝してるの。だって…あのときのことがなかったら、今こうして灯月さんとここにいることもなかったと思いますから」
 そう思うと、あのときのことは運命の出会いだったのかも、とすら感じられるんです。
「そっ、そんなそんな過去のことより、これからが大切なんですから…こ、これから、よろしくお願いしますねっ?」
「あ…うん、こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
 彼女の言葉にうなずいてそのまま深々と頭を下げますけれど、嬉しい気持ちがあふれてきます。
 もちろん、夢の舞台に立てたこと…それもなのですけれど、それ以上にだとまで感じていること。
「じゃ、じゃあ、そろそろお昼ごはん、行きますよ?」
 それは、このとってもかわいらしい女の子と一緒にこのお仕事ができる、ということ。
 一人きりでしたらきっととっても不安で、オーディションのときみたいに立ちすくむばかりだったかもしれません…けれど、灯月さんが一緒なら、きっと頑張れます。
「…うん、灯月さん」
 とっても幸せな気持ちに包まれて、笑顔でお返事をしたのでした。


    (第4章・完/第5章へ)

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