神社の人に森の中を使う許可を取ろう、ということで境内へ戻ってきた私たち。
 ひとまず社殿のほうへ向かってみますと、紅と白の装束を着た人を見つけます。
 あの服装は間違いなくこの神社の人ですよね…でも私にはその先の一歩が出ません。
「あのあの、すみません」
 それに対して灯月さんは全く臆することなくその人へ歩み寄って声をかけますから、私もおずおずとあとへついていきます。
「はいは〜い…って、うわっ、かわいいっ」
 と、こちらへ気づいたその人、そんな声をあげると…近寄った灯月さんを抱きしめてしまいます?
「は、はわはわっ、な、何です何ですっ?」
 あまりに唐突なことにあの子は慌てちゃいます…って!
「あ、あのっ、何をしているんです…! ひ、灯月さんから離れてくださいっ」
 私は思わず灯月さんたちへ駆け寄って、彼女からその人を引き剥がします。
「いや〜、ごめんごめん、つい」
 その人はあっさりと灯月さんから離れました…けれど。
「つ、ついってどういうことですか…? 灯月さんに抱きつくなんて大変なことをしておいて、ひどいです…」
 それをあんな軽い感じで言ってしまうなんて、信じられません…。
「いや、ほんとにごめんって。かわいい子を見ると抱きしめたくなる癖があってね、つい」
「た、確かに灯月さんはとってもかわいいですけど、でもやっぱりそんな理由って…」
 そうです、やっぱりひどすぎます…信じられません。
「も、もうもう、麻美ったら、落ち着いて落ち着いてください」
「だって灯月さん、この人…」
「私は気にして気にしてませんから、とにかくとにかく落ち着いてください」
 あんなことされて気にしない、というのもどうかと思うんですけど、灯月さん本人がああ言っているのですから、そうするしかありません。
「ゆっくりゆっくり深呼吸して…落ち着きました?」
「すぅ、はぁ…う、うん、何とか」
 気持ちが落ち着くとともに、今度は怖くなってきちゃいました。
 だって私、初対面の人に対して怒っちゃう様なことをして…こんなこと、はじめての気がします。
「あ、あの、その…ごめんなさい…」
 灯月さん、それにその人にも謝りますけれど、少し声が震えてしまいます。
「いやいや、こっちこそごめんね。悪いのはこっちだから、謝らないで」
「は、はい…」
 その人はちょっと悪戯っぽく笑ってきますから、多少気が楽になった気がします。
 うぅ、でも私、どうしてあんなに向きになっちゃったんでしょうか…。
「それで、私に何か用?」
 改めてという感じでそうたずねてくるのは、少し背が高めで活発そうな雰囲気をした女の人。
「あっ、はい、そのその、あなたはここの神社のかたですよね?」
「うん、見たとおりここの巫女をしてる朱星雀っていうの、よろしく」
 やっぱり服装どおりの人でしたけれど、あまり巫女さんって雰囲気ではないかも…いえいえ、私がちょっと固定的なイメージを持ってしまっているのでしょうか。
「あのあの、少し少しお聞きしたいんですけど…神社のまわりの森の中を使わせてもらいたいんです」
「森の中? そんなとこで何するの?」
「はい、私たち声優なんですけど、台詞とかの練習をそこでそこでさせてもらいたくって」
「声優…あっ、なるほど、あの事務所の子たちね」
 そういえば、この間の灯月さんのお話しでは夏にはここで私たちの事務所のアーティストさんがミニライブをされたりと、この神社とは繋がりがあるんでしたっけ。
「そんなことわざわざ言いにくるなんて、いい子たちね。もちろん問題ないし、使っていいよ」
「ありがとうありがとうございます」「あ、ありがとうございます…」
 ただでさえ人見知りな上にさっきのこともあって、私はお礼を言うだけで精一杯。
「二人とも新人さん? 名前は何ていうの?」
「はい、灯月夏梛っていいます…よろしくよろしくです」「その、石川麻美です…」
「夏梛ちゃんに、麻美ちゃん…ね。ふふっ、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます…ではでは、失礼します」「そ、その、失礼しました…」
 結局おどおどし続けちゃった私に対して灯月さんははきはきしてて…うぅ、しっかりしなきゃ。

「これでこれで、これからは雨が降ったりしなければ練習できますね」
「うん、そうだね、灯月さん」
 再び森の中へ入った私たち…許可もいただけましたし、まずは一安心です。
「それにしても、さっきはさっきはびっくりびっくりしました。麻美があんなにあんなに向きになるなんて…」
「あ、えっと、あ、あのことは…もう気にしないで、ね?」
 思い出しただけで恥ずかしいのに、灯月さんに言われますとますますそうなっちゃいます。
「でもでも…嬉しかったです…」
「えっ、灯月さん?」
「な、何でも何でもありませんっ。それよりそれより、場所もできたんですし、練習しましょう」
 少し恥ずかしそうな彼女ですけれど、何と言ったんでしょう…声が小さくてよく聞こえませんでした。
 でも…いいですよね。
「…うん、そうだね、灯月さん」
 せっかくこうして灯月さんと一緒に練習をできる場所ができたんです、頑張らなきゃいけませんよね。


    -fin-

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