次の日はお昼前に事務所前で灯月さんと待ち合わせ。
 今日は特には何も事務所での予定はなかったんですけど、それでも少し顔を出してからお昼ごはんにします。
「麻美はちゃんとちゃんと台本には目を通しましたか?」
 灯月さんとはじめてお食事をしたときと同じ喫茶店、注文を伝え店員さんが行った後で彼女がそうたずねてきました。
「うん、もちろん…ちょっと読みふけっちゃって夜更かししちゃいました」
「全く全く、気をつけてくださいね? 気持ちは解らなくもないですけど」
 灯月さんもデビュー作の台本ということで感慨深くなったりしたんでしょうか。
 それにあの作品、台本にはほとんど台詞しか書かれていないながら、それでも…昔から百合好きな私にとっては面白くって…。
「あ、あの…」
「あとはあとは、その台本の練習をどこでどこでするか、ですね」
 灯月さんへかけようとした私の声はその彼女の言葉にかき消されちゃいました…けれど、これでよかったのかもしれません。
 だって、灯月さんは百合が好きか、なんて…否定されたらさみしい気持ちになりそうですし、その逆でしたときには、その、いらない期待を抱いてしまうかもしれませんから…。
 …って、いらない期待って、何のことですか?
「…もうもう、麻美ったら、ちゃんとちゃんと聞いてます?」
 あっ、いけません、ちゃんと灯月さんのお話しに集中しなきゃ。
「う、うん、えっと、練習場所のことですよね?」
「ですです、麻美は何か何かいい案とかあります?」
 そう、この問題を何とかしなきゃ、灯月さんと…ううん、一人でも空いた時間に練習、というのは難しいですよね…。
「えっと、スタジオってやっぱり事務所くらいしかない、よね…?」
「他に他に使えそうなスタジオ、ってことです? えとえと、貸しスタジオとかもないことはないと思いますけど…」
「…貸しスタジオ、って?」
「えとえと、お金を払ってスタジオを借りるんです。あんまりあんまり長い時間はお金もかかりますし難しいですけど」
 そういう場所があったのですね…はじめて知りました。
 借りるたびにお金を払うのは確かに大変かもしれません…あっ。
「それならそこを買うか、新しいスタジオを作っちゃう、とかしたらどうかな?」
「…え。麻美…それって、本気で本気で言ってます?」
 いい案だと思ったんですけど、それを聞いた灯月さんは固まっちゃいました。
「…あ、あれっ? 私、何かおかしなこと言っちゃいましたか?」
「前から前から薄々は感じてたんですけど…麻美って、どこかいいところのお嬢さまなんです?」
 戸惑う私に、彼女は少し呆れた様にも見える様子でそうたずねてきます。
「えっ、どうして?」
「だってだって、そんなお金のかかることをさらっと言っちゃいますし、それにそれに前から清楚なお嬢さまそのものの雰囲気だって感じてましたし、あとあとずいぶんずいぶん世間知らずですし…」
「わっ、私はそんなこと…ううん、世間知らずなのは確かですけど…」
「…じぃ〜っ」
 わっ、灯月さんがこっちをまっすぐ見つめてきちゃってます…恥ずかしくもなりますけど、これはきちんと答えたほうがよさそうです。
「えと、私自身がそうなのかはよく解らないですけど、私の通ってました学校…私立明翠女学園というところなんですけど、そこにはそういう子が結構いたみたいです」
 とはいえ、私はあんまり他の子と接したりしませんでしたから、実のところはやっぱりちょっとよく解らないんですけど。
「わわっ、私立明翠女学園って、とってもとっても有名なお嬢さま学校です。麻美ってやっぱりやっぱり…」
 あの学校ってそんなに有名だったんですか…ずっと通っていましたけど、全然知りませんでした…。
「…でもでも、そうなるとますますあの役は麻美に適任なのかもです」
「あの役、って?」
「私たちのデビュー作で麻美が演じる役のことです。雰囲気が似てる似てるって感じてたんですけど、これはますます…もしかして、麻美のことモデルにして作ったキャラなんじゃないです?」
「わっ、さすがにそれはないと思いますけど…」
 いくら私が予定になかった採用でそのキャラも新しく作ったらしいとはいっても…ない、ですよね。
「これでますます麻美のこの役での演技を見たく見たくなってきました」
「わっ、そ、そんな…」
 ちょっと恥ずかしくなりますけど、でもそれをいうなら私も…灯月さんの演技、とっても見たいです。
「ですからですからなおさら練習の場所を探さないとですけど…」
「…あの、さっきの私の…」
「あんなのあんなの却下です。私にそんなお金あるわけないですし、麻美が何とか何とかするって言ったとしても、そんなの悪い悪いです」
 あ、でも、私の持ってるお金も、私自身がお仕事で稼いだものじゃないんですから、そんな無闇に使っちゃダメですよね…。
「しょうがないですね…もうすぐもうすぐお料理きますし、その後歩きながら考えましょうか」
「うん、そうだね、灯月さん…」
 結局、私は彼女の言葉にうなずくしかないのでした。

「う〜んう〜ん、現実的なのはカラオケボックスあたりでしょうか…でもでも、それだと貸しスタジオと同じ同じですよね」
 お昼ごはんも食べ終えて、街中を歩きながら練習場所のことを考えて…灯月さんがそんなこと言います。
「カラオケボックス…ですか?」
「ですです…って、もしかしてカラオケも解らなかったりします?」
「あっ、ううん、そのくらいはコミックか何かで見たことあります…確か歌を歌う場所、ですよね」
「それってそれって、実際には行ったことない、ってことです?」
「う、うん…」
 アニメやゲーム、それにコミックは百合なものを中心に少なからず見たりしてまして、そこから結構色んな知識を得たりしているんですけど、自分自身が経験、というものはとっても少ない…それだけに、見たりしていて楽しかったり新鮮でしたりするんですけど。
「そうでしたか…いずれにしても、歌の練習でしたらとにかく台詞とかの練習をカラオケボックスで、というのはあんまりあんまり気が進みませんし、やめてやめておきましょう」
 よく解りませんけれど、灯月さんがそう言うんでしたらそうなんですよね。
 そのカラオケっていうものは、コミックなどを見る限りでは仲のいい子と一緒に行く、という印象があって…私も、いつか灯月さんと一緒に行けたら嬉しいかも、って思います。


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