第4.7章

「はい、では、こちらがお二人が出演するゲームの台本になります。収録開始はもうちょっと先ですけど、頑張ってくださいね」
 ―私と灯月さんが声優として事務所へ入ってから二週間ほどがたって。
 私も灯月さんも新人っていうこともあって、これまでは基礎のレッスンなどを受けさせてもらっていて…学生時代は松永さんもいたとはいえ独学に近いかたちで練習をしていた私にとってはそれもとっても新鮮でしたりしました。
 そして今日、マネージャの如月さんがそうおっしゃりながら私たちに渡してくださったのは、私たちがオーディションを受けて採用されたゲームの台本です。
「はい、よろしくよろしくお願いします」「その、頑張りますっ」
 私たちにとってデビュー作になるものですから、返事にも自然と力が入ります。
「あら、まぁ、いいお返事ですね。レッスンの時間は作りますし、スタジオも空いていれば使っていただいて構いませんから、気を楽にしてくださいね」
 如月さんののんびりした口調、それに穏やかな笑顔に少し気が楽になった気がします。

「如月さんはああ言ってくださいましたけど、やっぱりやっぱり自分たちでもしっかりしっかり練習したほうがいいと思うんです」
 台本を受け取って、その後…灯月さんと一緒に夕ごはん。
 今日はファミリーレストランですけど、こうやって毎日の様に灯月さんと一緒にいられて幸せ…って、そうじゃなくって。
「うん、やっぱり灯月さんはさすがです」
「…全く全く、麻美は自分で練習しないんです?」
 灯月さん、最近は私のことを名前、しかも呼び捨てで呼んでくれまして、何だか距離が縮まったみたいで嬉しい…って、そうじゃなくって。
「う、ううん、もちろんするよっ。私なんて一応オーディションには通してもらえたけどまだまだだし、もっといっぱい頑張らなきゃいけないもの」
 せっかくつかめた夢なんですから、叶っただけで喜んでちゃいけませんよね。
「もうもう、麻美って…」
「…灯月さん?」
 彼女が何だか恥ずかしそうにうつむいちゃった気がしました。
「べ、別に別に何でもないです。それよりそれより、麻美だってちゃんとやる気でさすがさすがです」
「そ、そんなことないよ…」
 何だか嬉しい様な恥ずかしい様な気分になっちゃいます。
「それでそれで、麻美さえよかったらですけど…一緒に一緒に練習しませんか?」
「…えっ? それって事務所でのレッスンとかのことじゃなくって、自分でする練習、のこと?」
「ですです…そのその、もちろん麻美が一人で一人で練習したい、っていうんでしたらしょうがないですけど」
「そ、そんなことないです、私も灯月さんと一緒に練習したいですっ」
 つい強めの口調になっちゃいましたけど、そんな夢みたいなこと、許されるのでしたらぜひそうしたいです。
「えとえと、麻美がそこまでそこまで言うんでしたらしょうがないですね…」
「わぁ…うん、灯月さん、ありがとうございます」
 何だかついこの間も似た様なやり取りをした気がしますけど、いいですよね。
「でもでも、これは一人で一人で練習するにしてもそうなんですけど、ちょっとちょっと問題があるんですよね…」
「そう、なんですか?」
「ですです、どこでどこで練習しましょう、っていう大きな大きな問題が…」
「…あ」
 言われてみて気づきましたけれど、それは確かに大きな問題です。
「如月さんはああ言ってくださいましたけれど、事務所のスタジオをたくさん使わせてもらう、っていうわけにはいかないよね…」
「ですです、新人な私たちばかり使っていいわけがないです」
 灯月さん、同じ単語を二回繰り返す癖があるみたいなんですけど、中でも「ですです」が特にかわいくって…って、そうじゃなくって、彼女の言うとおり事務所にはもちろん私たち以外の、しかも皆さん先輩となる声優さんなどがいらっしゃいますから、予定が入っていないからといってずっとスタジオを使い続けるのはどうかって思います。
 しかも声の練習ですから大きな声も出したいですし、そういうことを部屋でするのは難しい…灯月さんは実家だといいますけれど、そこでも同じことですよね。
「う〜ん、大きな声を出しても迷惑にならない様なところ、ですか…」
 急に考えても、すぐには思い浮かばないものですね…。
 そう思うと、私の学生時代って練習場所についてもとっても恵まれていたんですね…あの場所を見つけることができて、本当によかったです。
 そう、それはよかったんですけど、今はもちろんもう使えませんし、今のことを考えなきゃ。
「う〜ん、う〜ん…ちょっとちょっと難しいですし、考えるのはまた明日にしておきましょう。とりあえずとりあえず、今日は台本に目を通しておきましょう」
「うん、灯月さん」

 灯月さんとお別れして、一人帰宅して…さみしいですけど、また明日も会えますから。
 気を取り直して…お休み前に、台本へ目を通しておくことにします。
「これが私の、デビュー作…」
 そう思うと感慨深くって、ソファへ腰掛けた私、台本をそっと抱きしめます。
 しばらくそうした後、ゆっくり台本を開いて目を通していきます。
 私はこのゲームでサブキャラでの出演ですので、台詞はそれほど多くはない…とはいっても、この作品は会話中心のものですから、結構な量を感じます。
 私の役でもそんな感じですから、主人公役な灯月さんの台詞はかなりのものです。
 この台本、全員の台詞が書かれているものですから、ついつい読みふけってしまうんですけど…。
「この台詞を、灯月さんが言うんですね…」
 読んでいるうちにどきどきしてきちゃいました。
 だって、この作品の主題は百合な恋愛ですから、主人公は自然とそういう台詞が多くなってくるわけで…。
「私の役がサブキャラなのが、残念です…」
 …って、あれっ、私って何を言っているんでしょうか。


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