オーディションを目指そう、ということは決まりました…けれど、まだまだ問題は山積しています。
「そういう情報って、どこにあるのかな…?」
 雑誌にもほんの少しの掲載はありましたけれど、これだけなのかな…?
 やっぱり、ここは経験者っぽい人に話を聞いてみるのが一番な気がします。
「えっ、オーディションはどこで募集をかけているか、ですって?」
 そこでたずねてみましたのが、私の家へ家庭教師として数日に一度きてくれている綾瀬咲夜さんです。
 彼女でしたら私の夢のことも先生へ告白した後に話しましたし、モデルさんというやっぱり実力主義と思われるお仕事もしていますからオーディションを受けた経験もあるのでは、って思ったんです。
「麻美さん、またお姉さまに相談もせずに、勝手に物事を決めようとしてるわね?」
「…はぅ、ごめんなさい」
 鋭い視線をぶつけられて頭を下げます…けれど、彼女はすぐに頬を緩めました。
「…なぁんてね。子役のオーディションならともかく、麻美さんくらいの年齢で、そして自分の意思で決めたことなら、そうやって自己責任で動いてもらえたほうが頼もしいわね」
「そ、そうでしょうか…?」
「ええ、夢を叶えるためには自分から動かなきゃ。あ、でも、まだ高校生なんだし、オーディションを受けることになったらちゃんとお姉さまに言いなさいよね…お姉さまにあんまり心配かけたりしたら、許さないんだから」
 綾瀬先生想いの彼女に釘を刺されましたけれど、それは当たり前です…うなずいて、お互いに微笑み合いました。
「さてと、それでオーディションよね…実は私ってスカウトでデビューしたから受けたことないの、ごめんね」
 本題に入ったとたんに私の想像が否定されてしまいました。
 そ、そうですよね、声と違って外見の美しさは見ればすぐ解りますし、綾瀬さんはぱっと目を惹くほどのかたですから、向こうからやってきても何もおかしくありません。
「あぁ〜、もうっ、そんな落ち込まないの。受けたことはなくっても、どういうところで募集かけてるのかくらいは解るから」
 そんなにがっかりしてしまった様に見えたのか、励ます様に言われます。
「そうね、雑誌モデルならそれはその雑誌で見るのが一番だし他のものも雑誌とかで書いてないこともないけど、やっぱり一番効率いいのはネットじゃない?」
「…ネット、ですか?」
「そうそう。ゲームとかの企業のサイトで新作の募集かけてるかもしれないし、それ以前に募集中のオーディション情報を集めたサイトとかもあると思うわよ?」
「…あ、あの」
 軽く話を進めていく綾瀬さんに、おそるおそる声をかけてみます。
「ん、どうかした?」
「は、はい、今の話、私にはよく解らなかったんですけど…」
「あら、そう? どのあたりが解らなかった?」
「その、サイトとか…はじめて耳にする単語で…」
「…え、えぇっ! う、嘘っ?」
 何だか激しく驚かれてしまいましたけれど、知らないものは知りません。
「もしかして、麻美さんってネットとか全然しない子だった?」
「ネットって、インターネットのこと、ですよね? うん、家にパソコンはない…ことはないですけど、あれは父の仕事用のもので、私は触ったことないし…」
「そ、そうなの、でも携帯でも見れると…って、そういえばあの学園って携帯禁止だっけ」
 それは綾瀬さん卒業後の今でも変わっていなくって、もちろん私も携帯電話は持っていません。
「う〜ん、これはちょっと盲点だったわ。私の携帯で調べてあげてもいいんだけど画面が小さくて二人で一緒には見づらいしね…しょうがない、次くるときにノートパソコンを持ってきてあげるわ」
「は、はい、お手数をおかけします…」

 ということでその数日後、綾瀬さんがノートパソコンを持ってやってきてくださいました。
 モニタの背景が綾瀬先生の写真になっていましたけれどそこは気にせずに…綾瀬さんにパソコン関係のことを色々教えてもらいつつ目的のことを調べます。
「あ、今の私ってちょっと家庭教師っぽいかも。もう何ヶ月もきてるのに、こうやってしっかりと何かを教えることなんてあまりなかったものね」
 それは確かにそうかも…と、お互いに顔を見合わせて笑ってしまいます。
 しかも、今教えてもらっているものはこれまで私が勉強してきたものの中でも特に難しくって、私は半分も理解できていない気がします。
「いいのいいの、こんなの一番大切なのは慣れなんだから、やってればそのうち慣れて覚えていくわよ」
 そうは言われても、そんな気はしないのでした。
「でも、ということはパソコンゲームとか同人ゲームとかも知らないのよね…」
 と、彼女がふとそんなことをつぶやきました?
「…あぁ、いいのいいの。どっちにしても、ほとんどのものは麻美さんは手を出しちゃダメなものばっかりなんだから」
 不思議そうな表情を向けた私に彼女はそう言って誤魔化しますけれど…よく解りません。
 それはそうと、ネットというものは確かにとても便利なもので、綾瀬さんが試しにいくつかのものを調べてみますと、そのことについて書かれたホームページ…サイトをすぐに見ることができたんです。
「さてと、それじゃ本題に入りましょうか…と、その前に麻美さんも慣れるためにいくつか適当に調べてみる?」
 ということで慣れない、ぎこちない手つきでキーボードから文字を打って、気になるものについて調べてみます。
 まずは私の好きな声優さん…ブログというご本人が文章を書かれていらっしゃる日記の様なものがあって興味深かったです。
 次は、度々いい百合ゲームを出してくれているメーカーさんについて…調べてみたのですけれど、その公式ページを見て固まってしまいました。
「あら、麻美さん、これって…」「う、うん…」
 そして綾瀬さんとお互いに顔を見合わせてしまいましたけれど、別に悪いことが書かれていたわけではありません。
 いえ、その全く逆…まさに私が望んでいたことが、そこには書かれていたのです。

 私の好きなゲームメーカーさんが来年の夏頃の発売を目指し、新作のゲームを制作予定だといいます。
 まだタイトルすら未定の作品ですけれど、主人公となる女の子…その子を演じる声優さんを何とオーディションにて決定すると、その公式ページにはあったんです。
 しかも応募に経験や年齢は不問、とありました…何度も見直し、また書き写したものとそのページとを見比べもしましたから、間違いありません。
 ゲームのジャンルはガールズラブ、つまり百合なアドベンチャーゲームとのことで、個人的にはこれ以上ない条件の作品ですけれど、そうでなくってもこんな機会を逃してはいけません。
 さすがに一度に全てを決めるわけではなくってまずは一次選考として書類による審査があり、これの締切りがもう約一週間後になっていました。
 先日綾瀬さんにページを見せてもらえていなかったらもう手遅れでしたけれど、まだ大丈夫…でもそれまでにあちらへ郵送し届いていなくてはいけませんから、もう時間がほとんどないのは事実です。
「はぅ、どうしましょう…」
 そんな中、私はお昼休みにあのスタジオで焦りにも似たため息をついてしまっていました。
 ううん、書いた書類自体は問題ありませんし、心配ないはずです。
 問題は、書類に添付して送る様に指示されていたもの…つまり、サンプルボイスを録音したもの、です。
 声優さんのオーディションなのですから、書類を見ただけじゃどうなのか判断が難しいですよね…そのため、指定された台詞を録音して添付しなさい、と応募要項にあったのです。
 自分の声を収録して、人に聴いてもらう…はじめてのことですし、これで選考を通過するか決まるのですからもちろん緊張しないはずありませんけれど、今まで日々練習を積み重ねてきたのはまさにこのためになのですから、そこは自信を持って臨むだけです。
 では何も迷うことなんてない…はずなのですけれど、問題はもっと別のところにありました。
「どうやって、録音しよう…」
 そう、その方法が私には解らなかったんです。
 昨夜それに気付いたとき、家では何も方法がないけれど、ここにきたら何かあるはず、って考えていたんです…だって、ここは机の上などにマイクがあったりといかにも録音スタジオな雰囲気で、また色々な機材があるんですから。
 でも、私ではCDなどを再生することはできますけれど、それ以外の多数の機材については使いかたが全く解らないんです。
「はぅ、どうしましょう…」
 先生なら使いかたも解るかもしれませんし、聞いてみようかな…?
「石川先輩、いますか?」
「…きゃっ?」
 そんなことを考えていると突然扉が開いて声がかかってきましたからびっくりしちゃいましたけれど、今のって…。
「えっ、松永さん…どうしたの?」
 入ってきたのは、お昼休みは友人と過ごしているからここへくることはないはずの子。
「はい、その、この間会ったとき、先輩の元気がなさそうっていうか、何か困った様子な気がして、気になっちゃって…」
「えっ、そんな…ありがとう」
「はわっ、別に、この間は私の話を聞いてくれましたし、そのお返しですっ。な、何かあったんでしたら、私に話してみませんか?」
 少し恥ずかしそうにそんなことを言われますけれど、その気持ちがとっても嬉しいです。
「う、うん、ありがとう。えっとね…」
 松永さんは心からそう思ってくれている様子でしたからお言葉に甘えて、オーディションのこと、それに声を収録しなくてはならないけれど方法が解らない、ということを話しました。
「は、はわわっ、先輩、ついにオーディションに挑戦するんですねっ。解りました、私も微力ながら協力しますっ」
 私の話を聞いて力強くそう言ってくれる彼女は、ここの機材については部屋を発見してから今まで色々自分で調べた結果ほとんどのものが使える様になったそうで、すごいです。
「ごめんね、私が無知なばっかりに迷惑をかけちゃって」
「そんな、気にしないでください。同じ夢を目指す者として、今まさにその第一歩を歩み出そうとする先輩を応援するのは当たり前のことですからっ」
 うん、そしてこのスタートラインに立つことは、私一人じゃとてもできなかった…どうにかここまでこれたのは、松永さんをはじめ皆さんのおかげですし、本当に感謝しなくっちゃ。
「もう、先輩、何を満足げになってるんですか? スタートラインに立っただけでそんなのじゃ、ゴールになんて絶対たどり着けませんよ?」
 そ、そうですよね、そんな皆さんの、そして自分のためにも、まずはここでしっかりしなきゃ。


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