綾瀬先生は「声優を養成する専門学校などがあるはずだから、それを調べておこう」とおっしゃってくださいました。
 そういえば雑誌などにときどきそういう学校のことが書かれてますよね…私の大好きな声優さんは高校の時点ですでにそういう道を歩まれるかたの多い学校へ入っていらしたみたいですけれど。
 ちなみに、私の進路はそういったことが決まるまで保留、一応はこの学園の大学への進学というままにされまして、先生もまだ父へは夢のことは黙っておいてくださる、とのことでした。
 でも、これまでずっと黙っていたのに先生に甘えてばかり、というのはいけません。
 かといって自分だと道を探せなくって、誰かに相談をしたいところなんですけど…それができそうな人といったら、一人しか浮かびません。
「今日は、いるかな…?」
 日曜日の午前中、やってきたのは高等部特別棟の二階…そう、あの扉の前です。
 いつもでしたらいるところなんですけど…。
「では、本日の…って、わっ、わわわっ!」
「…きゃっ?」
 扉を開けた瞬間、その中から叫び声があがってきましたから、こちらもびっくりしちゃいます。
「は、はぅ、誰かと思ったら石川先輩でしたか…もう、お、驚かせないでください」
「う、うん、ごめんね、松永さん」
 声の主に謝りながら中へ入らせてもらって、扉を閉じました。
 そこに一人いましたのはもちろん松永さんで、マイクの前に立っていたところを見ますと台詞か何かを口にして練習をしていたみたいです。
「こんにちは。今日も練習、頑張ってるね」
 お昼休みに練習する私と放課後に練習をする松永さんとでは会う機会がこうした休日くらいになっちゃいますから、今日こうして会えてよかったです。
 これであのことが相談できます…と思ったのですけれど。
「は、はいです、こんにちは、石川先輩…」
「…松永さん、どうしたの? そんなにびっくりさせちゃったかな?」
 明らかにいつもの彼女に較べて笑顔も少なく元気がなさそうで、気になってしまいました。
「う、ううん、そんなことはないですよっ。えと、ただ…」
「…何か、あったのかな? 私でよかったら、話を聞くよ?」
 椅子に座って、さらに鞄の中から取り出した二つのコップに水筒のお茶を注いで、話を聞く態勢を作ります。
「あ、ありがとうございます、石川先輩」
 そんな私を見た彼女は少しほっとした様子で、私と机を挟んだ向かい側の椅子に座ってくれました。
 本当は私が話を聞いてもらおうときたんですけど、しょうがないですよね…後輩が困っているんですから、先輩として力にならないと。

 松永さんが悩んでいたのは、もうすぐ行われる学園祭のことででした。
 今年の学園祭は生徒会主催のイベントとして歌姫コンテストというものが行われることになっていまして、この間までそのエントリー者が募集されておりました。
 松永さんもそれに応募…といっても彼女自身が立候補したわけではなくって、彼女はとあるすごく素敵な歌声を持つ人を推薦したそう。
 その歌声の持ち主が堅物として有名な現在の生徒会長な草鹿彩菜さんで、たまたま一度だけ彼女がここで歌っているのを松永さんが聴いてしまって惚れこんだ、というのが推薦することにした理由らしくって…あの草鹿さんがとか、ここで歌っていたとか、色々と驚かされることばかりでしたけれど、とりあえずそこが問題ではありません。
 結局イベントに名乗りを上げたのは草鹿さんだけだったそうで、コンテストではなく彼女の単独ライブというかたちでイベントは行われることになったそうですけれど…松永さんはこの場所で声優さんになるための練習をしていることが知られてしまい、さらにイベントの司会をお願いされてしまった、というのです。
「あっ、石川先輩のことは言っていませんから、心配しなくっても大丈夫ですよ。ここを使っているのはあくまで放課後に私一人でっていうことで、それに会長さん、私のことも内緒にしてくれるそうですから」
 最後にそう付け加えられて少しは安心しましたけれど、でも松永さんにとっては大問題です。
「ふぅ、先輩にお話ししたら少しすっきりしました。この部屋を使っていたことも特に何も言われなかったですし、あとは私が頑張っちゃえばいいだけですよねっ」
 彼女はそう言って笑顔を見せましたけれど、これは私のことを相談する気にはなれないです。
 自分のことで大変な松永さんに、余計な心配や面倒をかけちゃうわけにはいかないものね。

「う〜ん、やっぱり専門学校、声優さんの養成所に行くのが一番確実なんでしょうか…」
 司会の練習を頑張っている松永さんの邪魔をすることもできなくって、結局自分で考えることになりました。
 お昼休み、お弁当を食べてからスタジオに置いてあった、主に松永さんが持ち込んだ声優さん関連の雑誌に目を通していきながらそうつぶやきます。
 声優さんの世界は完全な実力主義のものだと思いますから、普通のお仕事みたいにはいきませんか…。
 普通の企業でしたら、定期的に人を募集して、面接や試験を行った後に採用されるみたいですけど、声優さんの場合は…。
「でもでも、そこへ行ったからって、絶対なれるわけじゃないし…」
 そんな不確実なことを父が認めてくださるでしょうか…それに、現状では学費も父に出していただくことになってしまいそうですし…。
「う〜ん…」
 それに、活動してる声優さんの履歴をよく見てみると、養成所に限らず、結構色んなところからきてますよね…と、ここにきてあることに気付きました。
「…オーディションで採用されて、か」
 そう、主にゲームみたいですけれど、そのごく一部には声優さんをオーディションというかたちで公募して決めるものがある、みたいなんです。
 しかも、中には未経験者でも応募できるものもあるみたいで、そこからデビューを果たした人もいるみたい…。
「…私の実力で、大丈夫?」
 可能性のある道がみつかったそのとき、まず不安になったのはそのことでした。
 日々練習していたっていっても独学の域を出ませんし、プロの方も応募できるみたいですし…。
「…ううん、はじめから諦めていては、いけませんよね」
 そう、ここで練習をはじめたときにも思ったことじゃないですか…ダメかどうかなんて、やってみなくては解りません。


次のページへ…

ページ→1/2/3/4/5

物語topへ戻る