第三章

 ―まだ少し暑さも残っていますけれど、長かった夏休みもすでに終わり、二学期がはじまり数週間が過ぎました。
「では、高等部最後の体育祭の出場メンバーはこう決定いたしましたわ。高等部の生活も残り少なくなってきて、受験勉強などでお忙しいかたも多いかと思いますけれど、頑張ってまいりましょう」
 この日の午後はこの秋にある二つの大きなイベントの一つ、体育祭についての人選をいたしまして、教壇に立つクラス委員の子がそうまとめて解散、放課後になりました。
 本当でしたらあの場所に行きたいところなのですけれど、今日もやっぱり習い事などがありますから、鞄に荷物をまとめ席を立ち、帰ろうと…。
「石川さん、お帰りですか?」
 そんな私へ歩み寄っていらしたのは、先ほどまで教壇に立っていたクラス委員の子。
 私より少し背の高い、同じくらいの髪の長さをした子なのですけれど、大和撫子という言葉が似合う優雅さを持っています。
「ごめんなさい、体育祭のほう、借り物競争をお任せすることになって…大丈夫でしたか?」
「あっ、はい、そのくらいでしたら全然」
「そうですか、よかったですわ」
 こちらが微笑みかけますと彼女もほっとした様子を見せ…そして優雅に微笑みます。
「石川さん、夏休みの前までとは少し変わられましたわね」
「…えっ、そうですか?」
 突然の言葉に少しきょとんとしてしまいましたけれど…でも、自覚は何となくあったりします。
 うん、最近は人に話しかけられても物怖じすることがなくなってきたかな、って思うんです。
「うふふっ、ええ。咲夜お姉さまも石川さんと一緒にモデルのお仕事をしてみたい、とおっしゃっておられましたわ」
「えっ、そ、そんな、ご冗談を…!」
 もちろんそれにも限度というものがあって、あんなことを言われてはさすがに慌ててしまいます。
「あら、冗談ではありませんわ。それに、二年生や一年生の子たちとも仲良くしていらっしゃるみたいで、千歌…こほん、先生も安心していらっしゃいましたわ」
 私が少しでも人と接するのが大丈夫になったのは、その子たち…特に、夏休みの間ほぼ毎日会っていたりしました同じ夢を目指す子のおかげですし、その子たちがいなかったら、私はまだ一人で悩んじゃったりしてたかな。
「あら、わたくしったら失礼なことを言ってしまって、申し訳ありませんわ。では、これで失礼いたしますわ…ごきげんよう、石川さん」
「はい、さようなら、霧碕さん」
 優雅に一礼して立ち去った彼女には、確かにあの姉妹の面影が感じられるのでした。

「あら、春華ちゃんがそんなことを?」
 数日後の夜、綾瀬さんが家庭教師としていらしたときに、そのときのあの子の言葉を伝えてみました。
「はい、冗談にしても、少し言いすぎですよね」
「そうねぇ…麻美さんは、春華ちゃんが冗談を言う子に見えるかしら?」
 ベッドの端に座る彼女はそんなことを言って椅子に座る私を見つめますけれど…う〜ん、クラス委員のあの子は真面目なかたですし…。
 あ、ちなみにあのクラス委員の子は霧碕春華さんといって、養子に出た関係で名字は変わっていますけれど綾瀬さんや綾瀬先生の妹さんなんです。
「見えないわよね? 私ね、本当に麻美さんなら一緒にモデルのお仕事できるんじゃないかな、って思ってるわよ?」
「そ、そんな、私みたいな地味な子が、無理に決まってます…!」
「あら、麻美さんは十分素敵よ? 特に、最近いい顔になってきたし」
 そうして微笑む彼女はとっても大人っぽくって少しどきどきしてしまいます。
「うふふっ、どう? 麻美さんさえよかったら、私から話をつけてみるわよ?」
 あまりに突然の言葉に戸惑ってしまいますけれど、綾瀬さんはあくまで真剣な面持ちで見つめてきています。
 ど、どうしましょう、こんなことを言われるなんて…って、迷うことじゃありませんよね。
「あの、ごめんなさい、私…」
「うふふっ、やっぱりね…解ってたわよ、そうお返事されるの。だって、麻美さんには他に何かなりたいものがあるみたいだものね」
「…えっ?」
 それは松永さんにしか言っていないことのはずなのに…気付かれてたの?
「あら、やっぱりそうだったのね。あぁ、もちろん何になりたいのかまでは解んないんだけど、何か夢がありそうね、ってことくらいは感づいてたわよ」
「そ、そうなんですか…」
「ええ、私が気付くくらいだから、もちろんお姉さまも気付いてるわよ?」
 綾瀬さんのお姉さんというのは、言うまでもなく私の担任の先生です。
「お姉さまは麻美さんから言ってくるまでは黙ってるつもりみたいだけど…もし麻美さんが本気でその何かになりたいって思ってるなら、そろそろちゃんと言ったほうがいい時期なんじゃない?」
 この数ヶ月で気付いたことがあって、それは綾瀬さんがお姉さんである先生のことをとっても大切に想っている…大好きだっていうこと。
 ですから、お姉さんが私のことで少しでも心を悩ませていることが見ていられなかったのかも…。
「はい、そうですよね…そうしてみます」
 でも、綾瀬さんの真意がどこにあるとしても、確かにもう隠し続けている時期ではない、ですよね…。


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