そのときはその元気な子を見て少し気が晴れましたけど、その後また同じことで思い悩む日が続いてしまいました。
 特に、久し振りにお家へ戻ってきた父へ迷っている素振を見せたのがいけませんでした。
 だって、普通に大学への進学を勧めてくるだけならまだよかったんですけど、しかるべき家柄との縁談を考える、なんてまた言われてしまって…私の通う学園にはすでに婚約者が決まっている子などもいるみたいですけど、私はそんなのは嫌です。
 でも、自分のしたいことが特に決まっていない以上、それに対しても嫌ということ以上は何も言えなくって、ため息をついてしまいたい気持ちになります。
 そんなある日のお昼休みは、今の私の気持ちを反映したみたいな雨模様。
 これでは外でのお弁当は無理ですけど、かといって教室で食べる気にもならなくって…どうしようかな?
 考えた末に向かったのは、教室のある校舎から渡り廊下を抜けた先に建っている、こちらは近代的で新しい校舎。
 そちらは音楽室や調理室などのある、通称を特別棟という校舎なんですけど、私が向かいましたのはその三階にある図書室です。
 三階は全体が図書室になっているということからも解る様に、ここの蔵書量はかなりのもの…さらに席も十分に用意されています。
 今日はこの多少人はいるとはいっても静かな図書室でお弁当を食べて、そして残った時間は読書をして過ごそうかな、って思ったんです。
 じゃあ、席につく前に読む本を探そう…そう考えて本棚へと向かいます。
 読書は結構好きで色々な本を読む私ですけど、その中でも特に好きなジャンルはやっぱりあれです。
「う〜ん、うぅ〜んっ」
 そのジャンルの作品の並ぶ棚へと向かうのですけれど、そこへ近づいたところでうなり声の様なものが耳へ届きました。
 かわいらしい声でしたけど、何でしょう…と覗き込んでみますと、小さな女の子が本棚の本を取ろうと頑張っていらっしゃいました。
 微笑ましい光景に少し頬が緩みそうになりますけれど、あれは普通の身長の人でしたら届く位置ですよね。
「…あの、どうぞ」
 ですのでさすがに見て見ぬ振りはできなくって、その本を取って女の子に差し出してあげます。
「あっ、ありがとうだよ〜…って、あれれ〜?」「…あ」
 と、顔を合わせたところで、お互いに固まってしまいました。
「えっと…あなたは確か、藤枝美紗さん、でしたよね…?」
「うん、そうだよ〜。覚えててくれたんだね〜」
 そう、元気よくお返事をするその子は、数日前のお昼休みにお会いした女の子だったんです。
「あ、あの、藤枝さん、どうしてこんなところに…?」
「どうしてって、図書室なんだから本を読むために決まってるよ〜」
 確かに彼女の言うとおりなんですけど、彼女の場合は色々と問題があると思います。
「でも、わざわざこんなところにまでくるなんてことはないと思いますし、それにその本は、藤枝さんにはまだはやいと思いますよ?」
「えっ、言ってることがよく解らないよ〜?」
「だ、だから、ここまでこなくっても…あ」
 そこまで口にしたところであることに気がついて、私は固まってしまいました。
 …あ、あぁ、私は今の今まで大変な思い違いをしてしまっていたみたいです…!
「どうしたのかな〜?」
「あ、あの、ごめんなさい…私、今まで藤枝さんのことを初等部の生徒と勘違いをしておりました…!」
 あまりの申し訳なさに、そのまま深々と頭を下げました。
「あっ、そういうことだったんだ〜。ううん、別に気にしなくっても大丈夫だよ〜?」
「け、けれど、藤枝さんは普通に高等部の制服を着てるのに、そんな間違いをしてしまうなんて…」
 そうなんです、いくら彼女が小さいとはいっても、高等部と初等部の制服はデザインが違いますから、本来ならこんな間違いはしないはずなのに…。
「だから、別に気にしなくってもいいよ〜。よく間違えられちゃうし、もう慣れちゃってるから〜」
 笑顔でそう言う藤枝さんですけれど、やっぱり申し訳なく、そして恥ずかしくなってしまうのでした。

 藤枝美紗さんは初等部の頃からこの学園に通う、私よりも一つ年下、つまり高等部一年の生徒。
「それで、あなたのお名前は何ていうのかな〜?」
「は、はい、高等部二年の、石川麻美です」
 図書室内の周りに人のいない、窓に面した席に私たちはついて、私はお弁当を食べながら会話してます。
 お弁当の時間に誰かと一緒だなんて記憶のある限りでははじめてですけど、藤枝さんはもうパン一つで済ませてしまったとのことですから、一緒に食べているというわけじゃありません。
「あっ、先輩さんだったんだ…って、同級生にいないから、当たり前だよね〜」
 目立たない存在の私を藤枝さんが知らないのは無理もないことですけれど、その逆は…彼女みたいな子がいたら初等部や中等部の頃に気付いていてもおかしくないですよね。
「でも、数日前に石川先輩に会った理由が、やっと解ったよ〜」
 私って周りの子たちのことをあまり気にしてませんものね…と思っていると、彼女がそんなことを言ってきました。
「私に会った、理由…? えっと、どういうこと?」
「うん、あれはやっぱりみーさの百合センサが反応したからだったんだよ〜」
 そんなことを言われてもやっぱり意味が解らず、ただただ首を傾げるばかりです。
「う〜ん、石川先輩、この本がどういう本なのか、解るよね〜? しかも、みーさにははやいなんて言ってきたっていうことは、読んだこともあるんじゃないのかな〜?」
 そう言って彼女が見せてきたのは、さっき私が本棚から取ってあげた一冊の小説。
「えっ…えっと、その…」
「どうしたのかな、隠すことなんてないよ〜。みーさも百合なお話、大好きだから〜」
「…えっ? そ、それ、本当…?」
 おそるおそる訊ねる私に藤枝さんは元気にうなずきますけれど、あの小説…アニメにもなった百合作品を手にしようとしていたんですから、それも全然おかしくないよね…。
「あれれ、何をびっくりしてるのかな〜?」
「あっ、ご、ごめんなさい、この学園で、私の他にもそういうのが好きな子がいるなんて思ってもいなかったから…」
「そうなの〜? でも、みーさは百合な作品が大好きだし…きっと、石川先輩は百合好きさんの仲間ってことでみーさの百合センサに引っかかったのかな〜?」
 もしかすると、他にもそういう子が…ううん、この子はかなり特殊な例の気がするし、それに何より…。
「えっと…百合センサって、何?」
 さっきからずっと気になっていたことを訊ねました。
「うん、みーさには百合な人たちが解るから、あの日も学園を回ってそういう人たちを探してたんだよ〜」
 とってもあっさりと言われてしまいましたけれど、何だかすごいことじゃありませんか?
「そ、それってつまり、百合な作品を好きな子がいたら、藤枝さんには見ただけでそれが解ってしまう、ということですか…?」
「石川先輩にはそういうことで反応したみたいなんだけど、本来はちょっと違って、百合な関係のお二人がいないか探してたんだよ〜」
 さっきからこちらが言葉を失うことばかり言われていますけれど、今の言葉も理解するのに少し時間がかかってしまって…理解した瞬間、固まってしまいました。
「あれれ、どうしたのかな〜?」
「あ、そ、その…それってつまり、実際に百合な、つまり、その、女の子同士で恋してる子たちのこと、探してたの…?」
「うん、そうだよ〜?」
「じゃ、じゃあ、そういう子たち、見つかったの…?」
「うん、何組か見つけることができたよ〜…きゃ〜、きゃ〜っ」
 はしゃぎ声まであげてしまう彼女ですけど、ここが図書室だということを思い出したのかすぐに口をつぐみます。
 でも…そ、そうなんだ。
「百合って、物語の中だけの世界じゃなかったんだ…」
「わわわ〜、そんなことないよ〜!」
 私は今までそんな子たちを見たことないですけど、藤枝さんが嘘を言っているとは思えませんし、そうなんでしょう…少し、世界が広まった気がします。
「そんなこと言っちゃうなんて、石川先輩ってもしかして現実じゃ女の子同士の恋なんてあり得ない、ダメだって考えてるのかな〜?」
「そっ、そんなことないよっ、私も女の子大好きだもんっ」
 思わず強い口調で声をあげてしまいましたけれど、すぐにあたりを見回しつつ縮こまってしまいました。
 幸いあたりに人はいませんでしたけれど、あんなことを大声で言っちゃうなんて、恥ずかしい…。
「うんうん、みーさも女の子大好きだから、そんな恥ずかしがらなくっても大丈夫だよ〜」
 そんなことを言われてもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいので、顔が真っ赤になっていきます。
「わぁ、よく見ると石川先輩って結構美人さんだね〜…顔を赤らめてるとことか、かわいいよ〜」
「な…も、もうっ、そんなこと…!」
 変なことを言われると、全然心が落ち着かないです、もう…。
 でも、そっか…実際に、女の子同士で恋してる子たちが、この学園にいるんだ。
 私自身が誰かとそういう関係になるっていうことが想像できなかったから、他の子たちのことまでとても頭が回らなかったです。
 身近にそんな子たちがいるんでしたら、応援したいですよね…って、あれ?
「あの、藤枝さんはそんな子たちを探して、どうするつもりだったんですか?」
 ふと疑問になっちゃったけど、やっぱり応援したかったのかな?
 でも、藤枝さんから返ってきた言葉は、また私には思いもよらないことだったんです。

「藤枝さんは、夢を叶えるために頑張っているんですね…」
 その日、帰宅して自分の部屋へ戻ってきた私ですけれど、そんなことをつぶやいてしまいます。
 思い出すのは、お昼休みにお話しした女の子、藤枝美紗さんのこと。
 彼女の言葉は色々驚かされるものばかりでしたけど、同時に新しい発見もあり、また考えさせられるものもありました。
『みーさは、学園にいる百合な人たちを物語にして書いてあげるんだよ〜』
 そんな中でも、最後のほうに聞いた…彼女が百合な関係の子たちを探すその理由を思い返します。
 百合な関係の子たちを、物語にして書く…それはその二人を応援し、また百合な世界を認知してもらうためでもあるといいます。
 将来は作家さんになって、もっと多くの人に百合な世界を広めていくのが夢らしい。
 実際にいる子を題材にする、というのはちょっとどうかなって思ってしまいますけれど、でも作家さんになるにはまずとにかくお話を書かないとはじまりませんよね。
 でも、物語を書き続けても、作家さんになるなんて相当難しい、別世界を目指す様なものです。
『はじめっから諦めてたら、どんな夢だって叶うわけないよ〜』
 素直に疑問を口にした私に対して返ってきた藤枝さんの言葉が、それでした。
 ごく当たり前のこと…でも、私はまさにそれでした。
 私にも好きなもの、憧れ…なってみたいものは、あります。
 でも、高そうな壁を見て、それだけで諦めちゃってた…。
 スタートラインに立とうともしなかったら、どんなことだって絶対に叶うはずがない…けど、そこから一歩を踏み出せば…。
「どんな小さい可能性しかなくっても、何もしないで後悔するよりは…目指す努力を、してみよう」
 うん、藤枝さんのおかげで決心がついたよ、ありがとう。
 高等部二年になってからの決心なんて遅いかもしれないけど、でも…頑張ってみよう。


    (第1章・完/第2章へ)

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