空気は冷たいけれど、心はあたたかい…そんな状態で私たちが向かったのは、海のそばにある神社です。
「わぁ、さすがに結構人がいるね…」「結構結構大きな神社ですし、当たり前です」
 大きな鳥居前にまでやってきましたけれど、そこにはつい半日前にはいたあのイベント会場ほどではないながらも、普段よりもずっと多くの人たちの姿がありました。
 この時間なのに神社には明かりもついていて賑やかな様子…と、大晦日なのですし、私たちや皆さんが何をしにここへきたのかなんて、言うまでもないですよね。
「麻美、あとどのくらいで時間ですか?」
「えっと…うん、あと五分くらいだし、はやく行こっか? 手を離さないでね」
「はぅはぅ、そ、そんなの解って解ってます…」
 ぎゅっと手をつないで鳥居をくぐり、参道を歩いていきます…さすがに社殿の前まではまだ行けませんけれど、のんびり並びましょう。
「くんくん、このにおい…あっ、白たいやき屋さんが出てます」
「あっ、本当…うふふっ、帰りに買っていこうね」
 途中、屋台が出ているのを見つけたんですけれど、それに目を輝かせる夏梛ちゃんはやっぱりかわいい…。
 そうこうしているうち、腕時計を見ますと零時になって…年が明けました。
 去年は、本当に色々なことがありましたよね…まさか、声優さんになれただけじゃなくって、こうやって私に大切な人までできるなんて、とても想像できませんでした。
「あけましておめでとうございます、麻美」
「あ…うん、あけましておめでとう、夏梛ちゃん。その、今年もよろしくね?」
「はい、こちらこそ…今年だけじゃなくって、来年も、ずっとずっとよろしくです…!」
「わ…う、うん、もちろんだよっ」
 大切な人の年が明けてすぐの言葉に感激して思わず抱きしめちゃいそうになりましたけれど…いけません、初詣のための行列に並んでいたんでしたっけ。
 周りの皆さんも新年をお祝いする声をかけ合っていますけれど、同時に参拝もはじまったみたいで、行列がゆっくり動き出しました。
「…あれっ? そこにいるのって…かなさまとアサミーナの二人じゃない」
 と、参道の外れからそんな声が聞こえてきましたけれど…こんなにたくさん人がいると、さすがに中には私たちのことを知っている人もいるんですね…。
 できたらこうした場では二人の世界でいたいのに、もう難しいのかな…って、ううん、今の声は見知った人の…?
 はっとして声の聞こえたほうへ目を向けると、一人の巫女さんがこちらへ歩み寄ってくるのが見えました…あっ、やっぱり。
「朱星さん、あけましておめでとうございます」「あけましておめでとうございます、雀さん…それに、お務めお疲れ様です」
「うん、あけましておめでとっ」
 にこにこと私たちと声を交わすのは、もう顔なじみになりました、この神社で巫女をしている朱星雀さんです。
「二人とも、着物がよく似合ってるね〜」
「あ、ありがとうございます…って、だからといって夏梛ちゃんに抱きついたりしちゃダメなんですからねっ?」「も、もうもう、麻美ったら…!」
「大丈夫だよ、お二人の邪魔をする様な野暮なことはさすがにしないから」
 そう言って笑う彼女ですけれど、このやり取りは毎回お会いするたびに交わしている、挨拶の様なものでしょうか。
「それにしても、かな様とアサミーナって今日…いや昨日か。とにかく東京のほうでイベントがあったんじゃなかったっけ? それなのにどうしてここにいるの?」
 その言葉に何人かの人が反応した気がしましたけれど、もしかして私たちのことを知っているかたでしょうか…いえ、気にしないでおきましょう。
 でも、不思議がられるのも当たり前ですよね。
「それなら簡単簡単です…イベントが終わってから、すぐに帰ってきましたから」「新年は色々お世話になりましたこの神社で迎えたいな、って思って…」
 それに、この後はお家で二人、のんびりもできますし…。
「もう、そんな…二人とも嬉しいこと言ってくれちゃって。ありがとっ」
 と、その次の瞬間、私と夏梛ちゃんは二人まとめて朱星さんに抱きしめられてしまいました。
 こんなたくさんの人の中でですから少し驚いてしまいましたけれど、それだけ喜んでもらえたということですよね…うん、よかった。

 朱星さんは神社のお仕事がありますから名残惜しそうにそちらへ戻っていって、一方の私たちはようやく社殿の前にまでたどり着けました。
 後がつかえていますからあまりのんびりとはできませんけれど、焦らずに…隣に立つ夏梛ちゃんと一緒にお賽銭を投げ入れて、それからやっぱり一緒に手を合わせて目を閉じました。
 初詣のお願いごと…あまりわがままを言うのもいけないと思いますし、一番大切な一つのお願いだけを…。
 …これからも、夏梛ちゃんと幸せでいられますように…。

「うふふっ、夏梛ちゃんは何をお願いしたのかな?」
「そ、そんなのそんなの内緒内緒に決まってます…!」
 お参りも終わって元きた参道を歩きながらたずねてみましたけれど、返ってきたのは相変わらずのかわいらしい反応。
 あの様子だと、夏梛ちゃんも私のことをお願いしてくれたのかな…だとしたら、嬉しいな。
「そ、それよりそれより、これからどうするんですか? もう帰ってお休みしますか?」
「う〜ん、せっかくだし、しばらくここでのんびりしてから、海岸で初日の出を見よっか。お天気もいいし、きっと見られるよ」
「まぁ、眠くはないからいいんですけど、ちょっと寒く寒くないですか?」
「大丈夫だよ、あたたかい飲み物もありそうだし、白たいやきも買っていくし、それに…こうすれば、ね?」
 彼女と腕を組んで、そのままぎゅっと寄り添います。
「はぅはぅ、もう、麻美ったら…しょうがないんですから」
 顔を真っ赤にしながらも、夏梛ちゃんからもぎゅってしてくれました。
 もう、とっても幸せ…これからも、夏梛ちゃんとこんな幸せな日々を送れたらいいな。


    -fin-


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